外の世界は五月だ。明るい溌剌とした五月だ。自分の心もかつてはこのようでなかったか？

三月の半ば頃私はよく山を蔽（おお）った杉林から山火事のような煙が起こるのを見た。それは日のよくあたる風の吹く、ほどよい湿度と温度が幸いする日、杉林が一斉に飛ばす花粉の煙であった。しかし今すでに受精を終わった杉林の上には褐色がかった落ちつきができていた。瓦斯（ガス）体のような若芽に煙っていた欅（けやき）や楢（なら）の緑にももう初夏らしい落ちつきがあった。闌（た）けた若葉がおのおの影を持ち瓦斯体のような夢はもうなかった。ただ溪間にむくむくと茂っている椎（しい）の樹が何回目かの発芽で黄な粉をまぶしたようになっていた。

晩春から初夏へ移り変わる山里の、新緑の美しさ

初夏の匂いが、街じゅうにあふれていた。 　穏やかで力があって、苦しいほどの草の匂いがする。

高いマロニエの枝の上に白く咲く花も盛りの時で、あだかも隠れた「春」の舞踏に向って燭台をさし延べたかのように見えていた。

満山これ鶯という時

風が吹くと、雪のように花びらが降ってきた。

静かな春の日差しにうらうらとする

春、 未だ地面に雪の残っている頃だった。

しいんとした午（ひる）さがりの弱い陽ざしのなかで、紅梅の花弁が鮮明

肌に苔が生えてきそうな梅雨寒の午後

ねっとりとした晩夏の光りが原っぱを照らす

満天にひらく名花

トルコ石のような夏の午前の空

炎とも電気とも星や月や太陽ともちがう、これまで見たことのない色と質感の光だった。輪郭があやふやで、触れたときの温度を想像しにくい。冷たいようでも、火傷しそうでもある。そういう光が、ふわふわ漂ったり静止したりしながら、田んぼのあちこちに灯っている。夜を少しだけ照らしだす。