愛する男の重荷になりたい。たとえば男がどこかで私を裏切ったとしても、私の名前が出れば重くどんよりした自責でじめじめと泣き出しそうになる、そんな存在になりたい。あいつは生活能力にとぼしいから見離せない、危なっかしすぎるから俺が守ってあげなきゃ、愛され過ぎて逃げ出したいけど逃げ出したら自殺するかもしれなくて心配だからそばにいる。そんなかりそめの重荷ではなく、男が困ったときには必ず彼の頭に登場する、本物の心の枷になりたい。それが大多数の男にとって母親なら、私は母親になりたいし、また何人かの男がそれを良心と呼ぶなら、私は良心になりたい。
綿矢 りさ / 仲良くしようか「勝手にふるえてろ (文春文庫)」に収録 ページ位置:73% 作品を確認(amazon)
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......にしていたら、ある日すっかりその好きな気持ちが過去になったころに、名前だけが反射的に唇の先にまで登ってきて驚く。神さまの名前は変わる、たぶんもう五人めくらい。 愛する男の重荷になりたい。たとえば男がどこかで私を裏切ったとしても、私の名前が出れば重くどんよりした自責でじめじめと泣き出しそうになる、そんな存在になりたい。あいつは生活能力にとぼしいから見離せない、危なっかしすぎるから俺が守ってあげなきゃ、愛され過ぎて逃げ出したいけど逃げ出したら自殺するかもしれなくて心配だからそばにいる。そんなかりそめの重荷ではなく、男が困ったときには必ず彼の頭に登場する、本物の心の枷になりたい。それが大多数の男にとって母親なら、私は母親になりたいし、また何人かの男がそれを良心と呼ぶなら、私は良心になりたい。 愛のためなら死ねると思っていたけど、愛し続けるより死ぬ方が簡単だった。だから死なない。ものすごく努力した人しかほめられないなら、私はもうほめられなくていい。だ......
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遊星のように自然と引き合う(男と女)
村上 春樹 / ダンス・ダンス・ダンス(上) amazon
(交際)これまで私は誰かと親しい関係になるたび、自分が少しずつ取り替えられていくような気分を味わってきたからである。 相手の思考や、相手の趣味、相手の言動がいつのまにか自分のそれに取って代わり、もともとそういう自分であったかのように振る舞っていることに気付くたび、いつも、ぞっとした。やめようとしても、やめられなかった。おそらく、振る舞っている、というような生易しいものではなかったのだろう。 男たちは皆、土に染み込んだ養分のように、私の根を通して、深いところに入り込んできた。新しい誰かと付き合うたび、私は植え替えられ、以前の土の養分はすっかり消えた。それを証明するかのように、私は過去に付き合ってきた男たちと過ごした日々を、ほとんど思い出せないのである。また不思議なことに、私と付き合う男たちは皆、進んで私の土になりたがった。そして最後は必ず、その土のせいで根腐れを起こしかけていると感じた私が慌てて鉢を割り、根っこを無理やり引き抜いてきたのだった。 土が悪いのか、そもそも根に問題があるのか。 旦那と結婚すると決めた時、いよいよ自分がすべて取り替えられ、あとかたもなくなるのだ、ということを考えなかったわけではない。
本谷 有希子 / 異類婚姻譚 amazon
K君と彼女との間には、清水のようなものが流れていた。K君が彼女にゆっくりと視線を向け、彼女が「そうね。」とか「うん。」とか、大して意味のない言葉をつぶやく時、控えめでひそやかな水の音が聞こえてきそうだった。
小川洋子 / 冷めない紅茶「完璧な病室 (中公文庫)」に収録 amazon
主従以上に親しかった
吉川英治 / 醤油仏
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はっとするほど綺麗な女
池井戸 潤 / 民王 amazon
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