木漏れ日が屋根に映って穏やかな春の朝

（朝焼け）朝焼けを見つめた。明りは四方に拡がることなく、焼け落ちるいずこかの城に上る焔のように、ただ真っ直ぐ上に向ってますます無意味に濃く変っていった。

霧はだんだんと薄らいで来た。そうして、森や草叢（くさむら）の木立（こだち）の姿が、朝日の底から鮮（あざや）かに浮き出して来る

灌木の葉末のおびただしい露には、朝焼けの名残が映って、時ならぬ淡紅の実が生ったかのようである。

闇が水で洗う魔法にかかったように薄れると、この世は紺色から乳色に変わる

ドアノブを回す

後手でドアを閉めると風の音がぴたりと消えた。

ガチャリと鍵のまわる音がする

ドアが数十センチほど開くと、バルコニーの窓から入った風が部屋を抜けて廊下へと吹き出る

（錠を開く）ガチッと、掌のなかで、錠の角（つの）が刎（は）ねた。

紅に金を混ぜた強烈な色彩

夜が死人のように静まりかえる

だいぶ傾いた陽が影法師を細長く斜めに地に映す

黒いとびとびの家に灯がともる。ただ西の空だけが、いまなお長く引いた冷たい黄色い光に明るんでいる。

温度が急に下がった気がして、俺は夕陽に目をやる。太陽はいつの間にか雲の後ろに沈んでいる。直射から解放されて、光も影も溶け合って、世界の輪郭がぼんやりと柔らかくなっている。空はまだ輝いていて、しかし地上は淡い影にすっぽりと包まれている。ピンク色の間接光が、周囲に満ちている。 　そうだ。こういう時間帯の、呼び名があった。黄昏。誰そ彼。彼は誰。人の輪郭がぼやけて、この世ならざるものに出逢う時間。その古い呼び名。俺は呟く。 　──カタワレ時だ。

向こうに見える外の世界が玄関の形に切り取られたようにまぶしかった。

朝の畳のひっそりした感触などが、異様に鮮かな重みをもって伸子の心に写った。

部屋は冷たい透明な膜をかぶせたように、寒かった。

立て付けの悪い扉がきしむ

立て付けの悪い玄関がガラガラと音を立て、家全体が軋むようにドアが閉まる。