(2年ぶりに認知症の父を訪ね、窓際に座る小さくなった父を見て)離れたところから見ると、人間というよりは、ネズミやリスの類に近い生き物のように見えた。あまり清潔とは言えないが、それなりにしたたかな知恵を具えた生き物だ。《…略…》父親だった。あるいは父親の残骸とでも言うべきものだった。二年の歳月が彼の身体から多くのものを持ち去っていた。まるで収税吏（しゅうぜいり）が、貧しい家から情け容赦もなく家財道具を奪っていくみたいに。《…略…》今目の前にいるのは、ただの抜け殻に過ぎない。温かみを残らず奪われてしまった空き屋に過ぎない。

老いて憔悴（しょうすい）している

赤煉瓦（れんが）の鋪道の片隅に、二銭のコマを売っている汚れたお爺さんがいた。人間って、こんな姿をしてまでも生きていなくてはならないのかしら

見開けばまだ冴え冴えした黒目を持った老婆

頑固な老人は、気むずかしい顔つきで、あらゆる種類の変化を忌み嫌っている。

田辺弁護士は、六十歳という年齢のせいかいかにも弱々しく、みすぼらしく見える。被告側の席に置いたよれよれのカバンも一層、その印象を濃くしていた。

背の曲がった貧弱な老人

ひとの死を自分のこととして感動し始める年齢に達した女

（老化）ある年齢を過ぎると、人生というのはものを失っていく連続的な過程に過ぎなくなってしまいます。《…略…》肉体的な能力、希望や夢や理想、確信や意味、あるいは愛する人々、そんなものがひとつまたひとつ、一人また一人と、あなたのもとから消え去っていきます。《…略…》あなたはもうそろそろ三十歳になる。これから少しずつ、人生のそういう黄昏｛たそが｝れた領域に脚を踏み入れようとしておられる。それが、ああ、つまりは年をとっていくということです。

（老いた象）象はひどく年老いていたので体を動かすのもやっとというありさまだったし、はじめてこの象を見た人は今にも地面に崩れ落ちて息を引きとってしまうのではないかと不安な気持になるくらいだった。