時々ものにおびえるように、しわがれた声で、うめいている。一時 の間 、ここにこうしているのか、それとも一年も前から同じように寝ているのか、彼の困憊 した心には、それさえ時々はわからない。目の前には、さまざまな幻が、瀕死 の彼をあざけるように、ひっきりなく徂来 すると、その幻と、現在門の下で起こっている出来事とが、彼にとっては、いつか全く同一な世界になってしまう。彼は、時と所とを分かたない、昏迷 の底に、その醜い一生を、正確に、しかも理性を超越したある順序で、まざまざと再び、生活した。
芥川龍之介 / 偸盗 ページ位置:87% 作品を確認(青空文庫)
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瀕死・虫の息
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前後の文章を含んだ引用
......、それぞれけがの手当てに忙 しい。 中でも、いちばん重手 を負ったのは、猪熊 の爺 である。彼は、沙金 の古い袿 を敷いた上に、あおむけに横たわって、半ば目をつぶりながら、時々ものにおびえるように、しわがれた声で、うめいている。一時 の間 、ここにこうしているのか、それとも一年も前から同じように寝ているのか、彼の困憊 した心には、それさえ時々はわからない。目の前には、さまざまな幻が、瀕死 の彼をあざけるように、ひっきりなく徂来 すると、その幻と、現在門の下で起こっている出来事とが、彼にとっては、いつか全く同一な世界になってしまう。彼は、時と所とを分かたない、昏迷 の底に、その醜い一生を、正確に、しかも理性を超越したある順序で、まざまざと再び、生活した。 「やい、おばば、おばばはどうした。おばば。」 彼は、暗 から生まれて、暗 へ消えてゆく恐ろしい幻に脅かされて、身をもだえながら、こううなった。すると、かたわらから額......
単語の意味
嘲る(あざける)
嗄れる(しゃがれる・しわがれる・かれる)
嘲る・・・馬鹿にして悪く言ったり笑ったりする。
嗄れる・・・かすれる。声に潤いがなくカサカサしている。
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瀕死・虫の息の表現・描写・類語(生と死のカテゴリ)の一覧 ランダム5
「死」がついに、この老人を捕えた
芥川龍之介 / 偸盗
死ねば私の意識はたしかに無となるに違いないが、肉体はこの宇宙という大物質に溶け込んで、存在するのを止めないであろう。私はいつまでも生きるであろう。
昇平, 大岡「野火(のび) (新潮文庫)」に収録 amazon
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「生と死」カテゴリからランダム5
老木の朽ち枯れるそばで、若木は茂り栄えて行く。
森鴎外 / 阿部一族
(解剖を終えて、)後は縫合するだけだった。空になった胸腹部に、折りたたんで丸めて新聞紙を入れてボリュームを持たせ、縫い合わせていく。頭部も同様に動揺に縫うと、全身をきれいに洗って浴衣を着せた。はらわたが抜かれた分、解剖前より痩せて見える。
鈴木 光司 / らせん amazon
花の散るがごとく、葉の落つるがごとく、わたくしには親しかったかの人々は一人一人相ついで逝ってしまった。
永井 荷風 / ぼく東綺譚 amazon
(赤んぼうの生まれた家。家は)なまぬくいお櫃の蓋を取ったときのような、 饐えた匂いがする。赤子のおむつのせいか乳の匂いなのか。
向田邦子 / 男眉「思い出トランプ(新潮文庫)」に収録 amazon
声を立てないのは、死んでいるのではなく、強く首の根を締めあげられているからで
吉川英治 / 八寒道中
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