「海を前にすると人は心を開いちゃうっていうしね。」 「どんなくだらないことでもいいことのようだよな。」 「何をしゃべっても波が遠くにさらっていくねぇ。」 「これが解放感ってやつだよ。」

遠浅の、どこまでも澄みわたった美しい珊瑚礁の海

（海の底に）幾千、幾万もの黒いナマコが静かに横たわっている。寄り添うものあり、ねじ曲がるものあり、まるで不思議な植物のようにそこに息づいている。

鉛色によどんだ小さな渦巻が幾つか海のあなたに一ツ一ツ消えて行って

明るい、快活な、生き生きした海

夜の海面が金波銀波で埋めつくされる

小さな波が水際を弄んでいるらしく、長い線が白刃のように光っては消える

窪んだ砂漠のように雨に垂れこめられた浜が荒寥（こうりょう）とひろがる

（夜の川の先に見える歓楽街の光）一直線につづいている夜の川の 彼方 の、道頓堀の光彩に見入った。川に光はなく、それは歓楽街に伸びて行く底深い一本の道に見えた。道は橋々をくぐって後方の、遠い高層ビルのほうにまでつづいて行く。 苔 や青みどろに 覆われた太い材木が浮かんでいたが、それも道に捨て置かれた黒い岩のようである。道の果てに四角いスクリーンがあって、そこにぽつんと七色の光が映し出されているのだった。

「淵には九つの性質がある。静水をじっと湛（たた）えているのも淵だ。流れて来た水のしばらく淀（よど）むところも淵だ。底から湧（わ）いた水が豊かに溜（たま）り、そしてまた流れ出るところも淵だ。滴（した）たって落つる水を受け止めているのも淵だ――」 　父親は大体こんなふうに淵が水を受け入れる諸条件を九つの範疇（はんちゅう）にまとめて、 「これを九淵の説と云って、水はいろいろの変化で向うが、それを受け容れる淵はたった一つなのだ。この淵の無心な気持ちになっていれば世間がどう変りこっちにどう仕向けようと、余悠綽々（よゆうしゃくしゃく）なのだ。