（深夜のパリのブラッスリー）時計は午前二時を過ぎた。攪（か）き廻（まわ）されて濃くなった部屋の空気は、サフランの花を踏み躙（にじ）ったような一種の甘い妖（あや）しい匂いに充（み）ち、肉体を気だるくさす代りに精神をしばしば不安に突き抜くほど鋭く閃（ひらめ）かせた。人と人との言葉は警句ばかりとなり、それも談話としてはほんの形式だけで、意味は身振りや表情でとっくの先に通じてしまう。廻転（かいてん）ドアの客の出入りも少くなり、その代り、詰めに詰め込んだという座席の客は、いずれもこの悪魔的の感興の時間に殉ずる一種の覚悟と横着とを唇の辺にたたえ、その気分の影響は、広間全体をどっしりと重いものに見せて来た。

ストーヴに暖められ、ピアノトリオに浮き立って、グラスが鳴り、流眄（ながしめ）が光り、笑顔が湧き立っているレストラン

店内には物が博物館のように立ち並び

蕎麦も、鮨と同様に、きわめて清らかにつくられてなくてはならない。 　そして、しかるべき店で、これを食べると、味のみでない雰囲気がかもし出され、それをたのしむことができる。

売り場にはいろいろな大きさの刃物が、種類ごとにフックに掛けられて並んでいるが、どれも硬質の透明フィルムで個別包装されているので直接触れてみることはできない。

後手でドアを閉めると風の音がぴたりと消えた。

電車の扉が、風を噴き出すような音を立てて開く。

硝子戸はまるでカアテンを吊したように雨で白く煙っている。

閉店後の喫茶店は綺麗に片づいている。

水門はきりっと閉った。