（物静かな司書）彼女はいつも、カウンターの向こう側にひっそりと坐ってた。繭の中でうとうと眠る蚕みたいだった。目を伏せて、何かをじっと見つめているような姿をしていたんだ。

学生の大半が積み上げた本の影でまどろんでいる。閲覧室全体が、一斉のまどろみに襲われているのだ。

図書館の分類用ラベルが貼られている。

淀んだ紙の匂い

図書室にはまた、じんとしみ込んでくるような静けさが戻ってきた。

（高級レストラン）テーブル席を占めていた客の大半が、仕立てのいいスーツやブランドもののドレスをまとった、スノッブな感じのする大人たちばかりだった。

空を反射するビニールハウス。

いつのまにか雪が降り始めていた。滑走路のライトがあたる部分にだけ斜めに、白い雪が落ちていくのが見える。それだけ切り取られた、まるで芝居の書き割りのような雪景色だった。

狭い商店街の通りには天幕がずっと張り渡されて、昏（くら）い涼しい影をつくっていた。

（遠くに見える歓楽街の光）心の中には、幸橋の上から 眺めた道頓堀の遠い 光芒こうぼう が映し出された。 眩まば ゆく華やかな眺めであったはずだったが、邦彦には、かつて見たこともない冷え冷えとした、ひどくちっぽけな景観として心に 甦って来るのである。 　色とりどりの光をまとった船が、暗い海原に出航して行き、それを視界から消え去るまでじっと見送っていた、そんな空虚な寂しさがまといついて、邦彦は幸橋から見えていた夜の道頓堀が、人気のない一 艘そう の満艦飾の船みたいだったように思えるのだった。