時々ものにおびえるように、しわがれた声で、うめいている。一時（ひととき）の間（あいだ）、ここにこうしているのか、それとも一年も前から同じように寝ているのか、彼の困憊（こんぱい）した心には、それさえ時々はわからない。目の前には、さまざまな幻が、瀕死（ひんし）の彼をあざけるように、ひっきりなく徂来（そらい）すると、その幻と、現在門の下で起こっている出来事とが、彼にとっては、いつか全く同一な世界になってしまう。彼は、時と所とを分かたない、昏迷（こんめい）の底に、その醜い一生を、正確に、しかも理性を超越したある順序で、まざまざと再び、生活した。

（冬のハエは）読んでいる本へ纒（まつ）わりついて、私のはぐる頁のためにいつも身体を挾み込まれた。それほど彼らは逃げ足が遅い。逃げ足が遅いだけならまだしも、わずかな紙の重みの下で、あたかも梁（はり）に押えられたように、仰向（あおむ）けになったりして藻掻（もが）かなければならないのだった。

風に揺らめくほどの弱い命の灯り

（死にかけに見た記憶）そんなことはまるでまるで夢のやうでした。

虫の息で医者からも見離される

兄の事や沙金（しゃきん）の事を、一度に石火（せっか）のごとく、思い浮かべた。

これまでの人生で誰かとそうして笑いあった、いくつもの場面が浮かんできて、突如いい気分になった。

今朝から見たり聞いたりした色々様々な事が、さながら百色眼鏡でも覗いているかのように、云い知れぬ興味と色彩とを帯びつつ、クルリクルリと眼の前で回転し初める

（PTSD）先ほどのフラッシュバックは、何か今までとは違って、思い出すというより、からだごと、あのイラクでの記憶の中に飲み込まれてしまったかのようだった。今いる場所の現実感を、短い時間とはいえ完全に喪失していた。

その記憶を心の底に蘇（よみがえ）らせながら、眼の下の町を眺めていた。

押し寄せて来た心臓麻痺に、彼女は、浪打ち際に落ち散ってる、木の葉のように浚（さら）われて行った。

富士額の静かな冷たい額、柔らかな頬、怜悧な小さい顎。これらが実に晴れやかな死顔を思わせる。

涙を流して手を合わせてくれた。

私が死んでしまえば、誰よりもお母さんが困るのだもの……。

死ぬる事なんていつも大切に取っておいたのだけれど、明日にも自殺しようかと考えると、私はありったけのぼろ屑（くず）を出して部屋にばらまいてやった。

父に捨てられた、という感情は三葉の中に消えない染みとなる。

あの頃の私にもいろいろなことがあったんだなあ、と私は思った。十五年以上前のこととなると、思い出はひとつのトーンの中に沈んでいた。

その時々のありさまが、写真にとって残しておいたようにこまごまと思い出されてくる

夢のようなかすかな記憶

遠い過去の実感に突き当って