不安が漠然と彼の心にのしかかって来る

心の底にたまったカスのような不安

刻々水位を増しはじめた不安の洪水

焦燥と不安のために、かえって薬の量をふやして

不安はあおられて焰のように広がる。

『──俺は幸せなんだ。……』 　彼は先ほど、電気を消した子供部屋で、息子の手を握ったまま唐突に襲われた強烈な幸福感のことを考えた。『俺はこの子の父親なんだ。』と胸の 裡 で呟いて、その一言一言が──「この子」や「父親」といった言葉だけでなく、その関係性を紡ぐ助詞に至るまで！──彼を恍惚とさせた。それは、ほとんど自分自身を見失ってしまいそうなほどの大きな実感だったが、あの平凡なひとときが、それほどまでに特別だったというのは、結局、不安の裏返しであるようにも感じられた。まるで将来、自分の人生の最も幸福な時として、この夜のことをこそ思い出すのではと予感されるほどに。……

そのときまた、ふいにさっきの感じが襲って来た。いいしれぬ圧迫感、ゆがむ空気、苦しい呼吸。 　青空も、新鮮な海風も、品のいいサンドイッチ屋も、遠のいていく。旅の期待と解放感も。 　ただただみじめな胸の苦しみだけが満ちてくる。風邪とか、花粉症とか、高山病に似ている。ものがちゃんと手につきそうもない。

黒い雲のように不安と恐怖とが胸にひろがりはじめた。

胸がどきどき張り詰めてくるのを感じる

濡れ手で胸を触られたよう

そら恐ろしい気持ちが稲妻のように走る

雨のようにきりなく叩いてすぎる戦慄への予感

飯粒のなかに小石を噛みこんだようで、ためらいがある

貧困の脅威は曇天のように信輔の心を圧しはじめた。

ぐらつく椅子に座っているように心許ない

海老のように身を縮めて

ペーパーテストの結果のみで人を判断するというおぞましい風潮

額の汗は冷たく膜のようになっていた

びくつく

心恐ろしい