電気時計を眺めている限り、少くとも世界は動きつづけていた。たいした世界ではないにしても、とにかく動きつづけてはいた。そして世界が動きつづけていることを認識している限り、僕は存在していた。たいした存在ではないにしても僕は存在していた。人が電気時計の針を通してしか自らの存在を確認できないというのは何かしら奇妙なことであるように思えた。
村上 春樹「羊をめぐる冒険」に収録 ページ位置:19% 作品を確認(amazon)
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時間が止まったように虚しい日々
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......スカイブルーのソファーの上でウィスキーを飲み、ふわふわとしたタンポポの種子のようにエア・コンディショナーの気持の良い風に吹かれながら、電気時計の針を眺めていた。電気時計を眺めている限り、少くとも世界は動きつづけていた。たいした世界ではないにしても、とにかく動きつづけてはいた。そして世界が動きつづけていることを認識している限り、僕は存在していた。たいした存在ではないにしても僕は存在していた。人が電気時計の針を通してしか自らの存在を確認できないというのは何かしら奇妙なことであるように思えた。世の中にはもっと別の確認方法があるはずなのだ。しかしどれだけ考えてみても適当なものは何ひとつ思いつけなかった。 僕はあきらめてウィスキーをもうひと口飲んだ。熱い......
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電気時計を眺めている限り、少くとも世界は動きつづけていた。たいした世界ではないにしても、とにかく動きつづけてはいた。そして世界が動きつづけていることを認識している限り、僕は存在していた。たいした存在ではないにしても僕は存在していた。人が電気時計の針を通してしか自らの存在を確認できないというのは何かしら奇妙なことであるように思えた。
村上 春樹「羊をめぐる冒険」に収録 amazon
僕は朝七時に起きてコーヒーを淹れ、トーストを焼き、仕事にでかけ、外で夕食を取り、二杯か三杯酒を飲み、家に帰って一時間ばかりベッドの中で本を読み、電灯を消して眠った。土曜日と日曜日には仕事をするかわりに朝から何軒か映画館をまわって時間を潰した。そしていつもと同じように一人で夕食を取り、酒を飲み、本を読んで眠った。そんな風にして、ちょうどある種の人々がカレンダーの数字をひとつずつ黒く塗りつぶしていくように、僕は一ヵ月を生きてきた。
村上 春樹「羊をめぐる冒険」に収録 amazon
世界中が動きつづけ、僕だけが同じ場所に留まっているような気がした。
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