新しい雲がやってきて、時間をかけて二つの月を呑み込んでいく。舞台のカーテンが音もなく降りるように、世界を包んだ影が一段深みを増す。

動きの多い空の雲の隙間（すきま）から飴色（あめいろ）の春陽が、はだらはだらに射（さ）し下ろす。

様々なかたちと大きさの雲が空を素速く吹き流されていく。雲は白く緊密で、輪郭がくっきりとして、雪解けの川を海に向けて運ばれていく堅い氷塊のようにも見える。いずこからともなく現れて、いずこへともなく消えていくそんな夜の雲を見ていると、自分が世界の果てに近い場所に運ばれてきたような感覚があった。

雲のかけらが目つきの悪い密使のように大急ぎで空をかけぬけ

その雲は眼に見える風のようにたえず動いていた。

どーっと見さかいもなく吹きまく風の中

時々傘がひっくり帰ってしまうほどの強い風が吹く

台風の多い秋

休漁を強いるほどの嵐が島を襲う

遠くで雷の音がしていた。窓ガラスを水滴がどんどん流れ、その向こうに街灯の明かりがにじんで白く光っていた。この夜の中では、咲の笑顔すら遠すぎて、信頼できないような気がした。

彼女の細い指は顔に似合わず、円い肉をつけていて、それが月の光をあびて白い虫のように輝いていた。

雨戸の節穴から、凄いほど透き通った月の光がさし入る

さらに幾夜かがあった。中隊を出る時三日月であった月は、次第に大きさと光を増して行った。

うすい靄（もや）が月の光を含んで窓から部屋へ流れ込むと消えた。

微かな月光が城下の街を、墨絵のように浮かばせる

（高速道路を歩いているときの大型トラックが通り過ぎるたびの揺れ）揺れというよりはうねりに近い。荒波の上に浮かんだ航空母艦の甲板を歩いているようだ。

大地のプレートの緊張具合

まぶしいほど早かった船足が急によどんで、後ろに吸い寄せられて、艫（とも）が薄気味悪く持ち上がって、船中に置かれた品物ががらがらと音をたてて前にのめり、人々も何かに取りついて腰のすわりを定めなおさなければならなくなった瞬間に、船はひとあおりあおって、物すごい不動から、奈落（ならく）の底までもとすさまじい勢いで波の背をすべり下った。同時に耳に余る大きな音を立てて、紆濤（うねり）は屏風倒（びょうぶだお）しに倒れかえる。わきかえるような泡（あわ）の混乱の中に船をもまれながら行く手を見ると、いったんこわれた波はすぐまた物すごい丘陵に立ちかえって、目の前の空を高くしきりながら、見る見る悪夢のように遠ざかって行く。

傘を差してもほとんど意味がない

海がいたるところ白い波頭にささくれ立つ