彼の上方に向けた眼の中には、 橙色 にけむった空がうつっている……。それは彼に先刻の火事場の炎を思い起させる。

建物の焼け落ちる轟きと、物のはぜ飛ぶつんざくような響きが、怒涛のように揉み返す

火事の炎が暗い夜空を一様の血の色に焦がし、煙と火の子が渦を巻きながら奔騰する

家々の背面が、芝居のあさぎ幕のように明るくなり、激しい火の手があがった。

小屋は今は太い火束となって、盛んに燃えていた。火の中から、しゅるしゅると水の流れるような音が、聞えて来た。

家宅捜索に乗り込むように、車内を探りはじめた。　ミミズに大量の蟻がどっと纏わりつき、一気に解体するかのような、手際の良さとおぞましさ、問答無用の強い力を感じる。

（えん罪被害者）私はあの事件以来、何かあれば真っ先に疑われる人間になってしまったんです。《…略…》冤罪というのは、世間の人たちにとってはシロではなく灰色なんだなとつくづく思い知らされました

ドラッグが見せる幻覚

彼の上方に向けた眼の中には、 橙色 にけむった空がうつっている……。それは彼に先刻の火事場の炎を思い起させる。

札幌駅の河西も、東京駅の女中も、安田に作られた目撃者である。安田自身がこの情死事件には不在であるという証明のためにである。 　札幌、東京の二つの駅でおこなわれた安田の作為の行末は、交差の点を九州博多の近郊香椎に結んでいる。すべて彼がそこにいなかった、という結像である。 　ここまで考えてきて、三原は、安田辰郎がかならずそこにいたという自信を強めた。作為が加わっている以上、その結像は虚像である。実像は反対に転倒している。《…略…》彼は事件に不在どころか、確固として存在していたのだ。安田の努力を検討すると、この実像を反対に結像して見せることに指向している。

むくむくと透視のきかない煙幕が盛り上がる

家々の背面が、芝居のあさぎ幕のように明るくなり、激しい火の手があがった。

（強い風が）日々の爆発の黒煙を、清掃員のような馴れた面持ちで片づけてしまう。が、規模が大きかったのか、今上がっている煙は、容易には絶えない。誰かが死の黒いインクを、地の底からこの世界に逆さまに垂らし続けているかのようだった。

野火の煙が海草のように揺れながら、どこまでもどこまでも、無限に高く延びる

マッチの火が、 闇 の中で蝶のように舞った。《…略…》父の影が天井にゆらめいている。