厳しく恐れる

戦慄が電光のように頭に閃く

麻痺した心に悪夢のような恐怖がふくれ上がる

（男から追われているときのエレベーターのドアの）閉まりきるまでの長い一秒間

生死の瀬戸ぎわにはまり込んでいる人々の本能は恐ろしいほど敏捷（びんしょう）な働きをする。

ふいに身体がどこまでも収縮していくような恐怖が湧き上がってくる。

恐怖が大波のように襲ってくる

恐怖はじりじりと焼けつく負の欲望だ。

不安と恐怖にのたうち廻る思い

生まれて初めて心の底から恐怖が這い上がってくる。黒々と光る地底の虫のような恐怖だった。彼らは目を持たず、憐みを持たなかった。そして鼠を彼らと同じ地の底にひきずり込もうとしていた。鼠は彼らのぬめりを体中に感じる。

心の中の拭き切れぬ影が雨雲のようにひろがる

宙に浮いているような心もとない気分

飯粒のなかに小石を噛みこんだようで、ためらいがある

そら恐ろしい気持ちが稲妻のように走る

その不安は、池に張った薄氷のように私の心を覆うが、稀に破れる。しかし一夜にしてまた同じ氷が水面を覆い隠す。

あの人達を疑ってはいなかった。ただ、何かがまだある。懐かしい人々と再び交際を始め、夏が穏やかに過ぎていく、という感じではなかった。

これから先、何千年、何万年、呼び続けるかわからない真剣な、深い怨（うら）みの声

唐木田のひと言は、佃の胸に一滴の不安となって落ちた。

一瞬血の逆流するような恐怖

数式の世界に逃げ込むことによって、現実というやっかいな檻を抜け出すことができた。頭の中のスイッチをオンにさえすれば、自分がそちらの世界に苦もなく移行できるという事実に、小さい頃から気づいていた。そしてその限りのない整合性の領域を探索し、歩きまわっているかぎり、彼はどこまでも自由だった。彼は巨大な建物の曲がりくねった廊下を進み、番号のふられたドアを次々に開けていった。新しい光景が眼前に開けるたびに、現実の世界に残してきた醜い痕跡は薄れ、あっさりと消え去っていった。数式の司る世界は、彼にとっての合法的な、そしてどこまでも安全な隠れ場所だった。天吾はその世界の地理を誰よりも正確に理解していたし、的確に正しいルートを選ぶことができた。誰もあとを追いかけてくることはできなかった。そちらの世界にいるあいだは、現実の世界が押しつけてくる規則や重荷をきれいに忘れ、無視することができた。