私の一生の 中 でも記録的体験なのに

印象に残こる

その種の思い出に限って執念深く彼女の心にへばり付こうとする

のみじめさは大したことではないのだが、抜けない棘のように人生にささるたぐいのもの。まわりの人はみんな忘れてもどうしてか本人は忘れられない、そういうもの。

私は今も、純子さんと母が夜中の台所でいつまでもしゃべっている姿を絵画のようにくっきりとした陰影で思い描くことができる。

まるで淹れたての紅茶に落とした角砂糖のように、やがて二人の記憶からも溶けて消えてしまう

触れることを避けている思い出が、焼き鏝（ごて）を当てられたような痛みを心に与える

頭の中の記憶を確かめるようにちょっと間をおいてから、ゆっくりと答える

身体の内側が外側にめくれ返っていくような特異な感覚に襲われる。するとあの路地のにおいがする。埃っぽいアスファルトのにおい、下水のにおい、ひねこびた植物と土のにおい、猫の尿のにおい。ピアスを最後につけたあの最後の夜のにおいが、部屋にこびりついた煙草のにおいと陣治の体臭をつきぬけて十和子の鼻孔に届く。

十七年前に感じた畏れが、今また全身を支配していた。