一瞬何が起こったのかわからなかった。 　ちょうど雷のように、光と音がほんの少し違和感をなしてずれたような感じだった。向こうの角に見えるビルの上が明るくなり、急に火が出て、鈍い音と共にガラスの破片がスローモーションで闇に降りそそいだのだ。 　ほんの数秒後に、眠っていた街のすみずみから人がわらわらととび出して来てとたんににぎやかになり、遠くからパトカーや消防車のサイレンの音が近づいてきた。

迷宮入りの事件

ギャング映画のワンシーンのような事件

血なまぐさく物騒な事件ばかり

自分の手では負いきれないほどのいびつに歪んだ事件

（ドラッグの幻覚）ビルの屋上から飛び降りる女が頭に浮かんできた。顔は恐怖に歪んで遠去かる空を見ている。手と足を泳ぐ時のように動かしてもう一度上へ上がりたいと踠（もが）いている。結んでいた髪は途中で解け水藻のように頭の上で揺れている、大きくなる街路樹や車や人間、風圧で捩（ねじ）曲がった唇や鼻、まるで暑い真夏に汗をびっしり掻いて見る不安な夢のような光景が頭に浮かんでくる。黒白のスローモーション・フィルムのような、ビルから落ちた女の動き。

ボンネットは山形に盛り上がり、バンパーもヘッドライトもぐしゃりと押し潰されている。フロントガラスも粉々だったが、センターピラーはひしゃげてなく、大破といっても衝撃はリアシートにまでは及ばなかったと想像できる。

今よりもずいぶん痩せていたころの顔写真といまの写真を並べた画像が、インターネットという囲いのないスケートリンクのような場所をさあさあと滑りまわった。

自分が北海道に出張している間に、見えない流れが渦巻いてこの主任の周囲に押し寄せたことを知った。むろん、主任は一個の粒である、捜査という有機体の中のである。

突風が捲き上ったような混乱が起る