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(においつわり、吐き気を催すにおい)バターと脂と卵と豚のにおいが、家中にこもってて息ができないわ《…略…》朝目が覚めたら、そのすさまじいにおいが身体中に染み込んできたわ。口も肺も胃もひっかき回されて、内臓がぐるぐる渦を巻いてた《…略…》どうしてうちには、こんなににおいがあふれてるの。なんでもかんでも気持ち悪いにおいを振りまくの《…略…》あらゆるものがにおうの。一つのにおいがアメーバみたいにどろっと広がって、別のにおいがそれを包み込んで膨張して、また別のにおいがそれに溶けていって、……もうきりがないわ《…略…》においがどんなに恐ろしいものか分る? 逃げられないのよ。容赦なくどんどんわたしを犯しにくるの。においのない場所へ行きたい。病院の無菌室みたいな所。そこで内臓を全部引っ張り出して、つるつるになるまで真水で洗い流すの
小川 洋子「妊娠カレンダー (文春文庫)」に収録 ページ位置:34% 作品を確認(amazon)
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前後の文章を含んだ引用
......冷えて透き通っていた。彼女はガスレンジのスイッチを、バチンと乱暴に切った。「普通の目玉焼きと、ベーコンだけど」 わたしは小さな声で言った。「全然普通じゃないわ。バターと脂と卵と豚のにおいが、家中にこもってて息ができないわ」 姉は食卓にうつぶして、本当に泣き始めた。わたしはどうしていいか分らなかった。とりあえず換気扇を回し、窓を開けた。 彼女は心の底から泣いていた。演技しているようなきれいな泣き方だった。髪が横顔にかかり、肩がか細く震え、潤んだ声が響いてきた。わたしは慰めるつもりで背中に掌を当てた。「どうにかしてほしいの。朝目が覚めたら、そのすさまじいにおいが身体中に染み込んできたわ。口も肺も胃もひっかき回されて、内臓がぐるぐる渦を巻いてた」 姉は泣きながら喋った。「どうしてうちには、こんなににおいがあふれてるの。なんでもかんでも気持ち悪いにおいを振りまくの」「ごめんなさい。これから気をつけるわ」 わたしは恐る恐るそう言った。「ベーコンエッグだけじゃないわ。焦げたフライパンも、陶器の皿も、洗面台の石けんも、寝室のカーテンも、あらゆるものがにおうの。一つのにおいがアメーバみたいにどろっと広がって、別のにおいがそれを包み込んで膨張して、また別のにおいがそれに溶けていって、……もうきりがないわ」 姉は涙に濡れた顔をテーブルにこすりつけた。わたしは掌を背中にのせたまま、どうしようもできずに彼女のパジャマのチェック模様を眺めていた。換気扇のモーター音が、いつもより大きく聞こえた。「においがどんなに恐ろしいものか分る? 逃げられないのよ。容赦なくどんどんわたしを犯しにくるの。においのない場所へ行きたい。病院の無菌室みたいな所。そこで内臓を全部引っ張り出して、つるつるになるまで真水で洗い流すの」「そうね、そうね」 わたしはつぶやいた。それから息を深く吸い込んでみた。しかしどこにも、においの影など見えなかった。さわやかな朝のキッチンだった。食器戸棚には......
単語の意味
催す(もよおす)
身体(しんたい)
豚・豕(ぶた)
身体・・・人のからだ。肉体。
豚・豕・・・イノシシ科の哺乳動物。猪を改良した家畜で、体はよく太り、鼻は大きく、先が平たい。肉は食用で、ベーコンやハムなどの加工食品にもなる。毛はブラシなどに加工される。
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あなたの体液の一滴が、わたしの中で繁殖し続けているというのに。
小川洋子 / 揚羽蝶が壊れる時「完璧な病室 (中公文庫)」に収録 amazon
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陽をたっぷり吸い込んであたたかい匂いをたてている
高橋たか子 / 天の湖 amazon
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(妊婦の)早苗は、その生を祝福されていた。出産が近づくにつれ、身の回りには、新しい命をこの世界に迎え入れるための様々な準備が整っていった。バスタオル、肌着、衣服、哺乳瓶、おむつ、おもちゃ、ベビーベッド、ベビーカー、抱っこ紐、チャイルドシート。……生クリームのような甘い白や、パステルカラーのピンク色が、日常を端から少しずつ染めていった。
平野 啓一郎「マチネの終わりに (文春文庫)」に収録 amazon
まるで自分自身の背筋を蛇の肌で 撫でられたような 悪寒 を覚えた
阿刀田 高 / 来訪者「ナポレオン狂 (講談社文庫)」に収録 amazon
記憶には手続き記憶、意味記憶、エピソード記憶の三種類があるのは有名ですね。《…略…》それぞれの記憶は脳の別の部分が保管しています。そのため、ある記憶ははっきりと憶えているのに、別の記憶はさっぱり保管できないということがままあります。アルツハイマーという病気はエピソード記憶を失うもので意味記憶についてはしっかりしています。だから日々の生活には困らないのです。
伊坂 幸太郎「陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫)」に収録 amazon
和子は芯から疲れきっていた。
沼田 まほかる「彼女がその名を知らない鳥たち (幻冬舎文庫)」に収録 amazon
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