爪をはいで、自白させる

この男には、人の内面を引き摺り出すような力があるのかもしれない、と思った。言うなれば、自分の周囲半径何メートルかを、懺悔室に変える力だ。

伸子は、その平和な顔を、苦しい心持で眺めた。彼は、この自分が、次の瞬間に何を云おうとしているのか、まるで知らない。自分達の運命が、この数分に定まろうというのに！ 　伸子は、重大な話を切り出すに、一種の辛さを感じた。彼女は伏目になり、佃の手に自分の手を重ねた。劇しい感情の動揺が先に立って、舌が重くこわばった。伸子は、だしぬけに彼の名を呼んだ。

　ウエイターが立ち去るのを待って女は目をあげた。 「ええ」 　しかし、すぐ目を伏せ、口にするのをためらうように小さく息をついた。

悲しみも怒りも洗いざらい打ち明ける

周囲の人のやりとりを、異国の言葉でも耳にするような気持ちでぼんやりと聞き流す

ジャーナリストのような鋭敏さで状況を報告する

笛を吹くような美しい会話

身を乗り出すように、子供のじまんをする親のように、これらの音楽について熱っぽく語り始めた。

（言いたいことを言わずに相手の話を聞く）うん。うん。一回ずつ頷くたびに、選択するべきだった正しい言葉たちが、自分から振り落とされていくような気がした。