感情の歯の力を失った

感覚が鈍くて触れられても気付かない

心は緊張しきって天気なのやら曇っているのやら、暑いのやら寒いのやらさらに差別がつかなかった。

しきりに主人に目くばせをするが、主人は不導体のごとく一向（いっこう）電気に感染しない。

感覚が研ぎ澄まされていない

そのときまた、ふいにさっきの感じが襲って来た。いいしれぬ圧迫感、ゆがむ空気、苦しい呼吸。 　青空も、新鮮な海風も、品のいいサンドイッチ屋も、遠のいていく。旅の期待と解放感も。 　ただただみじめな胸の苦しみだけが満ちてくる。風邪とか、花粉症とか、高山病に似ている。ものがちゃんと手につきそうもない。

何ヘクタールのお花畠の花から、やっと一滴の降水を抽出したというような貴重なひと言

波が退くように虚空の幻が一瞬にして消えうせる

猿でもできる

そんなむなしいことが現実にありうるなんて、その時の私はまだ知らなかった。遠い砂漠の物語のように、はるかにかすんだ悲しい世界で昔起こって、もう決してありえないつらいおはなしなのかと思っていた。そういう楽園に、自分だけは住んでいるつもりでいた。