なにをどうしたら、なんの手がかりもない太い幹を登れるのかわからない。俺はとりあえず、幹に腕をまわし、左足から生えた刃を樹皮に引っかけようとした。チェーンソーと、足につけた昇柱器が重くて、思うようにならない。ようやく少し体が持ちあがる。横綱の胸を借りる幕下力士みたいな、情けない恰好だ。

猿のように登ってゆく

蝙蝠のように木の枝にぶら下がる

腰を支点にすると腕の力はそんなにいらない。

駄々っ子のように泣き出す

ボールペンの尻をカチカチ叩く

（支配下にある）自分の掌握の中にある

（ギターコンサート）《黒いデカメロン》の一曲目〈戦士のハープ〉が、緊迫した、ほとんど魔術的なほどに広大な二オクターヴの跳躍で始まると、会場はもう、つい今し方までとは別の空間になっていた。反復的な旋律が次第に空気を濃くしてゆく中で、ギターの長音が、会場の最も遠いところにまで何にも遮られることなく、真っ直ぐに伸びてゆく。この曲をよく知っている者、知らない者が、それぞれに、その 縹渺 たる響きに驚いた。 　それがまるで一つの予告であったかのように、蒔野はその後、一曲ごとに、とても同じ一本のギターで弾いているとは思えないほどの多彩な表現で、次々と、新鮮な音楽的風景を現出させていった。 　かつての一分の隙もない、あまりに完璧に律せられた世界とも違って、今はむしろ、音楽そのものに少し自由に踊らせて、それを見守りつつ、勘所で一気に高みへと導くような手並みの鮮やかさがあった。それもまた、長い〝スランプ〟の果てに、彼に生じた一つの変化だった。 　聴衆の感嘆は、楽曲が終わる度に拍手に熱を加えていった。

指輪をくるくる回して最後に指から引き抜き、また元に戻した