靄（もや）が下りていた。何時も厳しく機械的に組合わさっている通風パイプ、煙筒（チェムニー）、ウインチの腕、吊（つ）り下がっている川崎船、デッキの手すり、などが、薄ぼんやり輪廓をぼかして、今までにない親しみをもって見えていた。柔かい、生ぬるい空気が、頬（ほお）を撫（な）でて流れる。

色のさめたカナキン（平織綿織物の一種）を垂らしたように、海上にはぼやっとしたもやが一面に立ちこめていた。

霧はだんだんと薄らいで来た。そうして、森や草叢（くさむら）の木立（こだち）の姿が、朝日の底から鮮（あざや）かに浮き出して来る

夜の霧に蝕まれはじめた葉の色。

柔かい靄の中に、雑夫の二本の足がローソクのように浮かんだ。

雨で髪や肩が濡れていたせいで、余計にもの淋しく見えた。

雨は冷たくていい気持ちだった。

雨が静かに降りはじめた。雨は小屋の裏手にある雑木林に砂のような音をたてた。

雨が、小屋をつつみこんで宙へ押し上げるような勢いで降る

細かい雨にじっとり濡れる