それは『マッチ売りの少女』がマッチに火を灯す音のように、ボクの記憶の底に残る思い出に火を灯し、埋み火のように燻っていたポール師匠との思い出を一瞬にして鮮明に燃え上がらせた。

昨日の場面が、ゆっくりとした映像で頭に再生される。

飛行機ががくん、と揺れてはっと目覚めたとき、突如、 「栄子」 　が飛び込んで来た。その匂い、画面、感触、すべての情報が私になだれ込んで来た。 　私はどぎまぎして、いても立ってもいられなくなり、頭がくらくらした。飛行機はすぐにもとの平和な飛行に戻ったが、私の心臓のどきどきはおさまらなかった。 　さっき飛び込んで来た栄子の目、髪、後ろ姿、声、断片として、総体として。そしてつぎつぎと飛び込んでくる二人の思い出。生々しく、鋭く残っていた。じっとしていられなくなって、意味もなくトイレに立った。 　銀色の個室で、息を整えた。 「シャイニング」の原作にこういうシーンがあった。主人公の少年が助けを求めて思念を飛ばすのだ。呼んだのか？　と思った。栄子の身に何かあったのだろうか？ 　そうしているうちにやがて、ショックがおさまってきた。

いくつもの情景が頭の中に現れては消える

（父を嗅ぐと何年も昔のサーカス小屋を思い出す）その匂いの周辺には、きまってサーカス小屋の風景がなびいている。

良人（おっと）の記憶をかみしめながら暮らした二ヶ月が、泥沼のように息苦しい

こうして書きだしたら、ぞくぞくとおいしいものが頭に、というより舌の奥にうかんできた。

魂の奥深くに畳み込まれていた記憶

消そうとすればするほど、薄命な女の死に顔や、因果な子の乳の香が、そこらに、ちらつく。

すべてのことが煙のように消えて思い出せない