食糧が不足していて、好ききらいなぞいってはいられなかった

古い蚊帳の中に、樺太（からふと）の女や、金沢の女達と三人枕を並べているのが、私には何だか小店に曝（さら）された茄子（なす）のようで侘しかった。

わずかな仕送りのお金で貧乏しながら、歌のレッスンに通っていた

（求職）私は風の吹く夕べの街へ出て行った――。女給入用のビラの出ていそうなカフエーを次から次へ野良犬のように尋ねて

（家の中が酸っぱい）驚いたのは匂いである。 　ひどく酸っぱい。 　九鬼本は、はじめ、五目ずしでも大量に作ったのかと思った。《…略…》酸っぱい、といったところで、ツーンと鼻にくるような酸っぱさではない。 　夏場は、たきたてのご飯に酢をまぜ、 団扇 であおいでいるときのような、蒸れたような酸っぱさだった。 　ひんやりした時候になると、 海苔巻 や 稲荷 ずしの匂いになった。 　うち全体が匂うのである。 　いや、うちも人も、酸っぱい匂いがした。

沈むだけ沈んでチンボツしてしまった私は難破船のようなものだ。飛沫（しぶき）がかかるどころではない、ザンブザンブ潮水を呑んで、結局私も昨夜の淫売婦と、そう変った考えも持っていやしない。あの女は三十すぎていたかも知れない。私がもしも男だったら、あのまま一直線にあの夜の女に溺（おぼ）れてしまって、今朝はもう二人で死ぬる話でもしていたかもしれない。

年金生活者みたいなひっそりとした暮らし

単純にして質素な生活

（元気がなくて寝てばかり）このままＳＦのようにふとんの中でゼリーになってしまいそう

新しい生活の芽が周囲の拒絶をも無（な）みして、そろそろと芽ぐみかけていた。