記憶を探る。ここに来る前になにをしていたのか、なんとか思い出そうとする。するとやがて、その端っこに指が触れる。

喉のところまで出掛かっている

（回想録を書く）愛した、という強烈な記憶だけが絡まり合い、ほつれ合って、丸まった毛糸玉のようになってしまっているのを丹念にほどいていく

乃武夫が、 「クジラオカ」 　と 呟いた。 　なにかを 反芻 するような、意味のこもったいい方に聞えた。

（ここ数年の人生を振り返って紙に書き出す）文字にしてながめてみると不思議だった。 　その紙をテーブルの上に置いておいたら、それはあたりまえだけれどテーブルの上の四角い白い単なる切れ端で、丸めて捨てても、飛んでいってしまっても何の意味もない。 　なのにその紙が愛しく思えたり、そこにまるでマイクロフィルムのようにこの数年のめくるめく情報が満ちあふれては流れでて空間を染めていくように思える。 　心は白紙を映像に変える。 　私はその映像のなかをさまよっていつのまにか、ここにきた。

（「目を開けた。」までがよみがえった光景→我に返る）携帯がない。かかってくるはずの携帯がない。 　光代は悲鳴を上げそうになって目を開けた。目の前には雨に濡れた車道が伸び、その先に同じように雨に濡れた警察署が建っている。

（初恋を思い出す）彼の心はことあるごとに、二十年前の午後の教室に引き戻された。まるで波打ち際に立って、強い退き波に足をさらわれている人のように。

電話番号を空で言える

君は妙に力強い印象を私に残して、私から姿を消してしまったのだ。

認知症には進行はあっても、回復はない。そう言われている。前にしか進まない歯車のようなものだ。