これは何の前ぶれなんだろう。このところ確かに私も彼のことを思い出す瞬間が増えていた。しかも回想としてではなく、雨空に、黒く 濡れたアスファルトに、街角の光るウィンドウにその面影がふいにフラッシュバックするのだ。ずっと忘れていたのに。

映画のフラッシュのように突然鮮明に思い出す

目の前で全生涯がぱっと照らし出される。

兄の事や沙金（しゃきん）の事を、一度に石火（せっか）のごとく、思い浮かべた。

突如ひとつの記憶がフラッシュバックしてきた。 　家で、母が泣いているときの記憶だった《…略…》。涙の記憶、映画の回想シーンにフィルターがかかるように、記憶の湖の透明な水面から浮かび上がってきた。

（認知症患者）自らの内側で徐々に広がっていく空白と共存することを余儀なくされている。今はまだ空白と記憶がせめぎあっている。しかしやがては空白が、本人がそれを望もうと望むまいと、残されている記憶を完全に呑み込んでしまうことだろう。それは時間の問題でしかない。

耳から離れない

面影が、塩を焼く煙のようにゆらゆらと消えずに立つ

頭の中にインプットする

たゞ一つ残って居る美しい夢