あのときのシーンが網膜にある

印象深く覚えている

面影がポッカリ浮かび上がる

電話番号を空で言える

（幼いころの記憶）思い出せる人生の最初の情景は何歳のころのものですかと。多くの人にとって、それは四歳か五歳のときのものだった。早くても三歳だった。それより前という例はひとつもない。子供が自分のまわりにある情景を、ある程度論理性を有したものとして目撃し、認識できるようになるのは、少なくとも三歳になってかららしい。それより前の段階では、すべての情景は理解不能なカオスとして目に映る。世界はゆるい粥（かゆ）のようにどろどろとして骨格を持たず、捉えどころがない。それは脳内に記憶を形成することなく、窓の外を過ぎ去っていく。

記憶を引っくり返していた。

どこかで見た顔だと思った。距離が離れているのと、まさかという思いから、一人の名前に行き当たるのには時間がかかった。

仙波の顔もおばちゃんの顔も、思いうかばない。ただ、二人の印象だけはふしぎなくらい鮮やかに 甦った。

記憶していたことさえ知らずにいたある記憶が、意識の底の暗闇から遊離してゆっくりと浮かび上がってくる。

胸に、男の顔が遠い稲光のように明滅する