あらん限りの力をこめて倉地を引き寄せた。膳 の上のものが音を立ててくつがえるのを聞いたようだったが、そのあとは色も音もない焔 の天地だった。すさまじく焼けただれた肉の欲念が葉子の心を全く暗 ましてしまった。天国か地獄 かそれは知らない。しかも何もかもみじんにつきくだいて、びりびりと震動する炎々たる焔 に燃やし上げたこの有頂天 の歓楽のほかに世に何者があろう。葉子は倉地を引き寄せた。倉地において今まで自分から離れていた葉子自身を引き寄せた。そして切るような痛みと、痛みからのみ来る奇怪な快感とを自分自身に感じて陶然と酔いしれながら、倉地の二の腕に歯を立てて、思いきり弾力性に富んだ熱したその肉をかんだ。
有島武郎 / 或る女(後編) ページ位置:41% 作品を確認(青空文庫)
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マゾ
セックス
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前後の文章を含んだ引用
......並みに振る舞っていてたまるかい。葉ちゃん……命」 「命!……命 命※[#感嘆符三つ、131-15]」 葉子は自分の激しい言葉に目もくるめくような酔いを覚えながら、あらん限りの力をこめて倉地を引き寄せた。膳 の上のものが音を立ててくつがえるのを聞いたようだったが、そのあとは色も音もない焔 の天地だった。すさまじく焼けただれた肉の欲念が葉子の心を全く暗 ましてしまった。天国か地獄 かそれは知らない。しかも何もかもみじんにつきくだいて、びりびりと震動する炎々たる焔 に燃やし上げたこの有頂天 の歓楽のほかに世に何者があろう。葉子は倉地を引き寄せた。倉地において今まで自分から離れていた葉子自身を引き寄せた。そして切るような痛みと、痛みからのみ来る奇怪な快感とを自分自身に感じて陶然と酔いしれながら、倉地の二の腕に歯を立てて、思いきり弾力性に富んだ熱したその肉をかんだ。 その翌日十一時すぎに葉子は地の底から掘り起こされたように地球の上に目を開いた。倉地はまだ死んだもの同然にいぎたなく眠っていた。戸板の杉 の赤みが鰹節 の心 のように......
単語の意味
陶然(とうぜん)
歓楽・懽楽(かんらく)
有頂天(うちょうてん)
快感(かいかん)
陶然・・・酒に酔っ払って気持ちのいいさま。心を奪われて気持ちよくなっているさま。「然」は他の語の後ろに付いて、状態をあらわす字。
歓楽・懽楽・・・喜んで楽しむこと。
有頂天・・・1.仏教で、世界の最も上に位置する天。色究竟天(しきくきょうてん)。
2.(1に上り詰めるように、)大得意になり、夢中になっているさま。喜びで気分が舞いあがっているさま。
2.(1に上り詰めるように、)大得意になり、夢中になっているさま。喜びで気分が舞いあがっているさま。
快感・・・快(こころよ)い感じ。満ち足りた感じ。いい気持ち。
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マゾの表現・描写・類語(性格・態度のカテゴリ)の一覧 ランダム5
葉子の頬 げたをひしひしと五六度続けさまに平手 で打った。葉子はそれがまた快かった。そのびりびりと神経の末梢 に答えて来る感覚のためにからだじゅうに一種の陶酔を感ずるようにさえ思った。
有島武郎 / 或る女
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セックスの表現・描写・類語(恋愛のカテゴリ)の一覧 ランダム5
(猫の交尾)アオン、とスカーレットが声を上げる。体の奥底から熱い塊を吐き出すような声。
湊 かなえ / マイディアレスト「ポイズンドーター・ホーリーマザー (光文社文庫)」に収録 amazon
薄く目を開けてみた。わたしの上に乗ってうつむいているせいで、彼の頰の肉が烈しくたるんでいるのが見えた。
小池真理子「愛するということ (幻冬舎文庫)」に収録 amazon
魚の様にもつれあっている
林芙美子 / 新版 放浪記
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「恋愛」カテゴリからランダム5
その晩半沢は軀のほうが思うようにならなかった。
向田邦子 / 三枚肉「思い出トランプ(新潮文庫)」に収録 amazon
眼つきらしいもの、微笑らしいもの、癖、声、青年らしい手、きれぎれにかの女の胸に閃 きはするが、かの女の愛感に馴染 まれたそれ等のものが、全部として触れられず、抱え取れない、その口惜しさや悲しさが身悶 えさせる。
岡本かの子 / 母子叙情
野呂は乾ききっていたわたしの口の中を甘い蜜のような水で潤し始めた。おかしな言い方かもしれないが、実際、それは、〝舐めとるような〟キスだった。乾いたもの……例えばビスケットのようなものを舐めて舐めて潤して、充分に濡らしてやわらかくしてから食べ尽くそうとするかのような……。 自分の口の中が、次第に彼の蜜で潤わされていくのを感じた。彼の唇のやわらかさ、なめらかさは信じられないほどだった。わたしは砂漠に降る雨を思った。砂が水を吸いこんでいく時の、あの幸福な静けさがわたしを包んだ。
小池真理子「愛するということ (幻冬舎文庫)」に収録 amazon
蒔野は、自分の中にある、洋子に愛されたいという感情を、今はもう疑わなかった。胸の奥に、白昼のように 耿 々 と光が灯っていて、その眩しさをうまくやり過ごすことが出来なかった。
平野 啓一郎「マチネの終わりに (文春文庫)」に収録 amazon
「性格・態度」カテゴリからランダム5
後ろ姿にはいつも他人を突き放すような雰囲気が漂っている。
沼田 まほかる「彼女がその名を知らない鳥たち (幻冬舎文庫)」に収録 amazon
ひどくシャイな性格で、三人以上の人間が居合わせる場所では、いつも自分が実際には存在しないものとして扱われることを好んだ
村上 春樹 / 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 amazon
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