振り向くせつなに、さっと、真っ赤なものが、自分の腕にも、胸にも、部屋にも、眸いっぱいに見えた。 　ウーム……と、誰か、分らない呻（うめ）きがながれた。行燈（あんどん）は、消えて、倒れた弾（はず）みに、ころころと、灯皿が白い煙の糸をひいて、独楽（こま）みたいに、部屋を廻った。

目の前に垂れているシーツを切り裂くように、刃を振る。

一突きにおれの胸へ刺（さ）した。何か腥（なまぐさ）い塊（かたまり）がおれの口へこみ上げて来る。が、苦しみは少しもない。ただ胸が冷たくなると、一層あたりがしんとしてしまった。ああ、何と云う静かさだろう。この山陰（やまかげ）の藪の空には、小鳥一羽囀（さえず）りに来ない。ただ杉や竹の杪（うら）に、寂しい日影が漂（ただよ）っている。日影が、――それも次第に薄れて来る。――もう杉や竹も見えない。おれはそこに倒れたまま、深い静かさに包まれている。

（包丁で刺される）私、寝るときもピアスと指輪はずさないのよ、だからね、皮膚と続いてるような感じ？　を抱いていたの。でもね、自分のバスローブのおなかに包丁がめりこんできたとき、心から、本当にはじめて感じたの。自分と、金属がちがう素材だということ。何よりもそのことしか感じられなかった。すごい異物感だった。

鋸（のこぎり）でこの大岩を蒲鉾（かまぼこ）のように切って

待ち構えていたように飛びかかる

一突きにおれの胸へ刺（さ）した。何か腥（なまぐさ）い塊（かたまり）がおれの口へこみ上げて来る。が、苦しみは少しもない。ただ胸が冷たくなると、一層あたりがしんとしてしまった。ああ、何と云う静かさだろう。この山陰（やまかげ）の藪の空には、小鳥一羽囀（さえず）りに来ない。ただ杉や竹の杪（うら）に、寂しい日影が漂（ただよ）っている。日影が、――それも次第に薄れて来る。――もう杉や竹も見えない。おれはそこに倒れたまま、深い静かさに包まれている。

鮮血が舞うよりも先にその臭いが鼻を刺激したが、それよりも先に、ナイフを握り締めた手に伝わってきた、人の温かな肉を切り裂く感触は恐ろしいものだった。 自分は今、人を殺めた。

窒息しないのだろうか、と思ってしまうくらいの、連続した殴り方

創痕部は縦約四センチ、横約三ミリ。創傷周囲の組織も損傷が甚だしく、創痕の底部は体内の深さ約八センチにまで及んでいる。斜め前方より刺突され、階段の手摺に背を預ける形で背後に倒れ込み、植え込みにうつ伏せ状態で落下したものと思量される。