伸子の眼の前に、佃の顔が浮び上った。だんだんそれは大きくなって来た。佃は、彼の、見馴れた古くさい山高帽を挙げ、伸子を見、近づき、よき微笑を洩した。伸子は、眼を瞑り、熱く、寒く、体じゅうで顫えながら、幻の佃を抱きしめた。彼の頬の感触……彼の唇――柔かい髪を撫でるとき掌につたわる、その手触り、伸子は呻くように彼の名を呟いた。
宮本百合子 / 伸子 ページ位置:19% 作品を確認(青空文庫)
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前後の文章を含んだ引用
......気まで妙に稀薄になったような息苦しさ。佃でない誰がこれを救ってくれよう。彼は、自分がここで、このように彼に憧れ、切ない思いをしているのを知っているであろうか。 伸子の眼の前に、佃の顔が浮び上った。だんだんそれは大きくなって来た。佃は、彼の、見馴れた古くさい山高帽を挙げ、伸子を見、近づき、よき微笑を洩した。伸子は、眼を瞑り、熱く、寒く、体じゅうで顫えながら、幻の佃を抱きしめた。彼の頬の感触……彼の唇――柔かい髪を撫でるとき掌につたわる、その手触り、伸子は呻くように彼の名を呟いた。 壁に頭を靠 せかけ、恍惚 していた伸子は、ノックの音で我に返った。 彼女は、いそいで両手の甲で涙に濡れた眼を擦 った。 「お入んなさい」 しかし扉は開かず、外から受付......
単語の意味
体(からだ)
頬(ほお・ほほ)
手触り(てざわり)
手の平・掌(てのひら)
体・・・頭・胴・手足など、肉体全体をまとめていう言葉。頭からつま先までの肉体の全部。身体。体躯。五体。健康。体力。
頬・・・顔の一部。顔の両脇で、口の真横にあるやわらかい部分。ほっぺ。ほっぺた。
手触り・・・1.手で触ったときの感じ。手に受ける感触。
2.物から直接受ける感じ。印象。
2.物から直接受ける感じ。印象。
手の平・掌・・・手首から先の、物を握ったときに内側になる面。掌(たなごころ)。
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私が彼を好きになって、ただ夢中に、何もかもを吸収するように恋をして
吉本 ばなな「N・P (角川文庫)」に収録 amazon
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林 真理子 / ◦最終便に間に合えば林 真理子「最終便に間に合えば」に収録 amazon
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綿矢 りさ / 勝手にふるえてろ amazon
ゆっくりゆっくりと〝の〟の字を描く。乳首の先端の、たとえようもないほど狭い面積の上に、長原はいくつも、何十回となく〝の〟の字を描く。《…略…》長原の〝の〟の字は終って、今度は〝く〟の字だ。それは美登里の右の脇腹付近を何度も往復した。大胆さには、いつのまにか確信が加わっていた。
林 真理子 / ◦最終便に間に合えば林 真理子「最終便に間に合えば」に収録 amazon
邦彦にとっては初めてのことなのに、女の唇の感触は、何度も何度も味わってきた 懐しいもののひとつのように思えた。
宮本 輝「道頓堀川(新潮文庫)」に収録 amazon
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