天心に近くぽつりと一つ白くわき出た雲の色にも形にもそれと知られるようなたけなわな春が、ところどころの別荘の建て物のほかには見渡すかぎり古く寂 びれた鎌倉 の谷々 にまであふれていた。重い砂土の白ばんだ道の上には落ち椿 が一重 桜の花とまじって無残に落ち散っていた。桜のこずえには紅味 を持った若葉がきらきらと日に輝いて、浅い影を地に落とした。名もない雑木 までが美しかった。
有島武郎 / 或る女(後編) ページ位置:55% 作品を確認(青空文庫)
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春
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前後の文章を含んだ引用
......その人たちのしかつめらしいのが無性 にグロテスクな不思議なものに見え出して、とうとう我慢がしきれずに、ハンケチを口にあててきゅっきゅっとふき出してしまった。 天心に近くぽつりと一つ白くわき出た雲の色にも形にもそれと知られるようなたけなわな春が、ところどころの別荘の建て物のほかには見渡すかぎり古く寂 びれた鎌倉 の谷々 にまであふれていた。重い砂土の白ばんだ道の上には落ち椿 が一重 桜の花とまじって無残に落ち散っていた。桜のこずえには紅味 を持った若葉がきらきらと日に輝いて、浅い影を地に落とした。名もない雑木 までが美しかった。蛙 の声が眠く田圃 のほうから聞こえて来た。休暇でないせいか、思いのほかに人の雑鬧 もなく、時おり、同じ花かんざしを、女は髪に男は襟 にさして先達 らしいのが紫の小旗 を持......
単語の意味
雑木(ぞうき)
酣・闌(たけなわ)
若葉(わかば)
落ち椿(おちつばき)
天心(てんしん)
雑木・・・いろいろな木々。炭や薪にする以外使えない木の総称。
酣・闌・・・行事や季節などで一番盛り上がっている時。比較的短い期間しか続かない、ものごとのピーク時。
若葉・・・芽を出したばかりの葉。とくに、初夏の木々のみずみずしい葉。新葉(しんば)。
落ち椿・・・散り落ちた椿の花。
天心・・・空の中心。空のまん中。
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桜が咲き始める季節だった。ぬくもりを帯びた風が頰を撫でていった。
小池真理子「愛するということ (幻冬舎文庫)」に収録 amazon
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ほろほろと散る墓畔の桜。
岡本かの子 / 雛妓
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