燃えるような夕陽が海の果てに沈む

西の空がかすかに赤かったが、それは街並に落ちるまでには至らなかった。光は、 暗澹あんたん と横たわる大気を射抜く力も 失せ、逆にすべての光沢を 覆うかのように忍び降りては死んでいく。ときおり、狂ったような 閃光 が 錯綜さくそう することはあっても、それはただ 甍いらか の雪や市電のレールをぎらつかせるだけで終わってしまう。

夕に近づいて弱くなった光が、部屋の四隅のしみのついた壁紙の上に溜っている。そして部屋のなかのすべてのものにほのぐらい影がついている。

塀ぞいの 欅けやき の 靭つよ い枝が、赤く染まった壁に 罅ひび のような黒い影を落としていた。

沈みかけの夕陽に、すべてのものの影が長く引き伸ばされている。世界は光と影の二つにくっきりと塗り分けられている。

夕陽はまるでうるんだ赤い 硝子ガラス 玉だま のよう

モノクロ写真のような通りに、ぽつんと赤いポストだけが浮き上がって見える。

無限の厚ぼったい海のような夜の底

燦々たる星は、もはやここではただの空の星ではない。一つずつ膚に谷の刻みを持ち、ハレーションを起しつつ、悠久に蒼海（そうかい）を流れ行く氷山である。そのハレーションに薄肉色のもあるし、黄薔薇色（きばらいろ）のもある。紫色が爆（は）ぜて雪白の光茫（こうぼう）を生んでいるものもある。私は星に一々こんな意味深い色のあることを始めて見た。

空は、ゆっくりと濃さをますだけで、相変わらず透明すぎるほどの青さをたたえていた。