「地道が盗聴器を仕掛けたんだ」 　あ、と雪子は声を上げそうになる。 　瞬間的に、バッグに入れてある携帯電話のことが頭に浮かんだ。 　答えを見せられた途端に、試験問題の解法が分かるようなものだった。

枕に頭をつけて眼を瞑った。思考は初め断片的であったが、それが連なり、絶ち切れ、また繫がっては伸びた。俺はその細工に陶酔した。

そしてその父なる木部の姿は、かかる乱雑な連想の中心となって、またまざまざと焼きつくように現われ出た。

「記録」という単語から、「ドキュメント」という英語を連想し、スペルを頭に浮かべていた。

それから僕は象の話をした。どうして急に象の話なんかになってしまったのか、僕にはそのつながりを思いだすことができない。たぶん何か動物のことを話していて、それが象に結びついてしまったのだろうと思う。

少しずれてしまった記憶の断片を頭の中でいじりまわしているうちに──そういう行為がもたらす必然的な結果として──僕は両側のこめかみの内部にぼんやりとしただるさを感じた。それはまるで僕の頭の中にとじこめられている一対の何かがそこから抜けだそうとして身をよじっているようにも思えた。

彼女の最後の科白（せりふ）が頭の中でこだまみたいにわんわんと鳴りひびいている

ミュウの小さな手のひらの感触が、まるで魂の影のように、ぼくの背中にいつまでも残っていた。

古い記憶が、障子に映って消える小鳥の影のように、心の窓を掠めて消えて行く

（ここ数年の人生を振り返って紙に書き出す）文字にしてながめてみると不思議だった。 　その紙をテーブルの上に置いておいたら、それはあたりまえだけれどテーブルの上の四角い白い単なる切れ端で、丸めて捨てても、飛んでいってしまっても何の意味もない。 　なのにその紙が愛しく思えたり、そこにまるでマイクロフィルムのようにこの数年のめくるめく情報が満ちあふれては流れでて空間を染めていくように思える。 　心は白紙を映像に変える。 　私はその映像のなかをさまよっていつのまにか、ここにきた。