思い出がナイフのように鋭く蘇る

有無を言わさず摘み取られてしまったような幼い日を手繰り寄せる

今日いちにちの出来事を朝から順番に辿る

記憶を辿るようにしてぽつりぽつり答え始める

父が亡くなったのは二十六歳の時よ。今の健太郎と同じなのよ」 　宮部久蔵の履歴を頭の中で繰った。そしてあらためて、若くして亡くなったのだなと思った。

（素晴らしい思い出とぱっとしない現在の比較）あの数時間が、自分の人生には、またとないほどの輝きを放っていることに、彼はほとんど奇跡的なものを感じた。うっとりとした心地になり、胸を締めつけられ、そして最後には、決まってなんとなく不安になった。 　その理由が、蒔野にはよくわからなかった。あまりに眩しすぎて、ふと現実に戻ると、その残像が反転して影のように残った。通念的な懐疑から、そういう美しい瞬間の群は、渓流に棲む鮎のようなもので、ただ濁りなく澄みきった場所にだけ棲むことが出来、日常の下流へと流されてしまえば、 悉く死に絶えてしまうのではと疑われた。

自分の中にある古い記憶を整理して順番に並べると、一番最初の記憶が一番鮮やかなフィルムで焼き付けられていることに気づく。

（嫌な思い出）彼にとって、小学校での日々は好んで思い出す人生のひとコマではない。

（曖昧にしか戻らない記憶）記憶はすぐに、あぶりだしみたいに徐々によみがえってきた。ただ、私と私の間の透明なはずのガラスに、まるで腕時計が曇ったときみたいに水滴がついてしまった。どうしても消えない。

埋もれていた古い記憶を呼び出す