（自閉症専門のカウンセラー）こういう仕事にひどく疲れるときもある。 　患者を本当に助けたかったら、患者にシンクロしたり、共鳴したりしてはいけない。でも強烈にただ、同調を求めてくる患者に波長を合わせないようにするのは苦しい。腹ぺこのときに目の前にごちそうがあっても気にしないようにする、それと同じくらい難しい。 　向こうは命がけでシンクロだけを望んでいるのだから。エネルギーのすべてをその一時しのぎに注いでくるのだ。 　だから 喩えて言うと、プロのウエイターになったように意識を保つ。腹がへっていてもウエイターが食べ物を運びながらむらむらしていては仕方がない。そんなふうにそらす。 　自分が何をしたいのかを忘れないようにする。治したいんだろう？　治ってもらいたいんだろう？　その基本に常に意識を合わせる。適当にでも何でも、合わせる。とりこまれないようにする。 　自分が手伝おうとしているもののほうに協力体制がない、そのことに時々、ものすごーく疲れる。

押しつけるように聴診器を当てた。すると、まるでその軽い一と押しがピリオドを打ったように呼吸は止った。

女が白衣の胸にはさんだ一輪の花が、血のように滲んでいる。

近代科学の使徒

（手術用のゴム手袋をはめる）ゴム手袋をはめる。両手を組むような動作を繰り返して手袋の弛みを伸ばし、手にフィットするようにした。

汚れた紙くずのように枯れた花

チューリップが虹のようにゆれる庭

目の覚めるような紅いバラ

ライラックの花が白孔雀の尾のよう

（河にそった遊歩道には、）カンナや鉄線花が友禅のように華やか

チュリップというやつはこいつどうも煙草を喫みそうな花だ。

塀ぞいの 欅けやき の 靭つよ い枝が、赤く染まった壁に 罅ひび のような黒い影を落としていた。

枯れた河岸の柳の木が、腰をもみながら大風にゆれている。

落葉した銀杏の樹々の枝が、無数の矢羽根を突き刺したように空に伸びる

「あの松を見たまえ、幹がまっすぐで、上が傘のように開いてターナー（イギリスの画家）の画にありそうだね」

玄人はだし

文筆業

炭坑夫のように顔が黒い

人間の悩みを原料として、いつかそれを見事に再生産なさる

船に乗りつけている人々はどんなに気取っても歩きつきで判るのである。畳の上ではそれほどでもないが、廊下のような板敷きへかかると船の傾きを踏み試めすような蛙股の癖が出て、踏み締め、踏み締め、身体の平定を衡（はか）って行くからである。