忍び寄る

がさがさと音がして、向こうから何かがやって来る気配がした。目を開けると繁みが揺れていた。

（気配がない）息をひそめ、薄い影のように近寄る

（家に）人の気配はなかった。というより、人を寄せつけない寂しさが漂っている

（人と接することが苦手な女の居留守）突然ドアチャイムが鳴る。瞬間、目の奥で何かがパリンと割れる気がする。まぶたを強く閉じてそのまま動かずにいる。強姦される女みたいに。神経をドアの外の気配に集中する。もう一度音が鳴り響く。コンクリートの上で苛々と足を踏みかえるような微かな音。それでもじっと息をひそめていると、やがて通路を歩き去るゴム底の靴音がして、隣のチャイムが同じように鳴らされる遠い音が聞こえる。とめていた息が漏れる。たぶん戸別訪問のセールスマンか何かだ。

色黒の男が姿を現わした。途端に、ジム内に緊張が走る。もちろん、男たちは全員、自分たちの練習に専念していて、その現われた男をまじまじと眺めるようなことはなかったのだけれど、でも、全員が内心に、「来たぞ」と呟き、そして一斉に巨大な唾を飲み込むのにも似た、引き締まった空気が漂った。

（謎めいた人）遊び人とも言われているしものすごい堅物という噂もある、謎に包まれた、多分四十代、独身の人だった。

死骸は皆、それが、かつて、生きていた人間だと云う事実さえ疑われるほど、土を捏（こ）ねて造った人形のように、口を開（あ）いたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。

若くして得た巨万の富の輝きを発するだけでなく、人を不愉快、不安定にさせる特性は、他の社長にはない、まるで光を独特に偏向させるプリズム的魅力があった。

アメーバのように増殖を続ける人間の塊が一斉に動き出す

（会話を）なにか無理矢理中断したような、おさまりの悪い空気が残った。

それからみんな黙ってしまって、誰も手巻き寿司を食べなかった。たくさんのすし飯は乾燥してつやがなくなり、お刺身も色がくすみ始めていた。

金魚が水面で口をパクパクさせている状態だろう。酸素が足らないのだ。

煤を溶かしたようなどす黒い空気

大部屋は眠たげな空気に包まれていた。「幻のスクープ」の後遺症とでも言うべきものだった。極度の興奮と落胆。そのギャップの大きさが、こうした怠惰な空気を生み出す。