八十平方メートルの結界の内側で、（帰りを待っている）

彼女の感覚に新鮮な一種の匂いがその辺に滲みついていた。家具の艶出液（つやだしえき）のにおい、煙草、羊毛ともう一つ何か乾いた皮製のものから立つようなにおいが皆一つに溶けこんだ、男ばかりの住居らしい匂いだ。

装飾というものがない、狭い正方形の部屋だった。申し訳程度の小さな窓が庭に向かって開いている。

部屋の中には新築の建物特有の匂いがした。置かれている家具も電気製品もすべてまったくの新品らしく、使用された形跡は見当たらなかった。きつと箱から出して、ビニールの包装を解いたばかりなのだろう。それらの家具や電気製品は、マンションのモデルルームをしつらえるために、デザイナーによって一括して買い揃えられたもののように見えた。シンプルなデザインで、機能的で、生活の匂いが感じられない。

花瓶にはマーガレットみたいな花が差してある

鈍い電燈の中でチラッとビンの角が光る

カーテンと戸を開け放つ。待っていたように風が吹き込んでくる。

閉じられた窓の鎧扉（ブラインド）の僅かの隙間（すきま）から暁の色が白々と流れ込んで、室（へや）の中のすべての物を、海底のように青々と透きとおらせております。

真赤に染まった櫨と桜の森が現れ、夕陽が洪水のようになだれこんだ。

扉の先に光はなく、密度のある暗がりが重なり合うようにさらに奥へ続いていく。