お天陽（てんとう）様相手に商売をしている

大きな風呂敷包みを背負って全国津々浦々を行商人のように歩く

（薬の行商人）ピカピカ手ずれのした黒い鞄の中から、まるで手品のように、色んな変った薬を出して

九州一円を転々と行商をしてまわっていた

四年の間に、七度も学校をかわって、私には親しい友達が一人も出来なかった。

（数学教師）彼は数学の問題の解き方を実際的に有効に教授するのと同時に、その設問の中に秘められているロマンスを華やかに開示した。天吾は教室を見まわし、十七歳か十八歳の少女たちの何人かが、敬意をこめた目で自分をじっと見ていることを知った。彼は自分が数学というチャンネルを通して、彼女たちを誘惑していることを知った。彼の弁舌は一種の知的な前戯だった。関数が背中を撫で、定理が温かい息を耳に吐きかける。

ベンチは段ボールを布団がわりにした男たちに占拠されている

坑夫達の汗は水ではなくて、もう黒い飴（あめ）のようであった。

（ゴムの木の樹液）護謨（ゴム）の植林がある。青臭い厚ぼったいゴムの匂いがする。白紫色に華やぎ始めた朝の光線が当って、閃（ひらめ）く樹皮は螺線状（らせんじょう）の溝に傷けられ、溝の終りの口は小壺（こつぼ）を銜（くわ）えて樹液を落している。揃って育児院の子供等が、朝の含嗽（うがい）をさせられているようでもある。

「いや、今、私はあなたの身分をお訊きしたんです」 　根はこんな嫌味な口を利く男ではないのだが、弁護士を目指しているだけに、だんだんとそんな色がついてきている。