瀬音が蕭々（しょうしょう）と聞こえる

ざあざあと力強く川音が響き、なにもかもを白く泡立てて押し流してゆく。

谷音が天の旋律のように心を魅了する

谷底の激しい水音は川上の執拗な増水の名残をとどめて荒れ狂ったもの

（川べりの恋人の部屋に泊まる）いつも川音を聞いていた。先に先に流れて行くんだよ、と言っているみたいに聞こえた。大きく、揺るぎなく聞こえて、この恋に対していつも不安だった私を安心させる子守歌だった。

トタン屋根にそうぞうしくあたる雨脚

その音に関することは、発生源も音色も響き具合も何もかもがあいまいなので、わたしは言葉を失ってしまう。それでも時々、あまりのあいまいさのために心細くなり、何かにたとえてみようと思うことがある。冬の噴水の底に沈んだコインが一粒の水しぶきとぶつかった時つぶやく音、メリーゴーランドから降りた後耳の奥にあるかたつむり管の中でリンパ液が震える音、恋人からの電話が切れた後受話器を握った掌の中を真夜中が通り過ぎてゆく音……。しかし、こんなたとえで一体何人の人が、その音について理解してくれるというのだろう。

うつけた静けさの底を沢の音が滑っていく

界隈がしずかなので、彼女がたたむ厚い包紙の、ゴワゴワいう音ばかり耳立った。

簾の外の往来が、目まぐるしく動くのに引換えて、ここでは、甕（かめ）でも瓶子（へいし）でも、皆赭（あか）ちゃけた土器（かわらけ）の肌（はだ）をのどかな春風に吹かせながら、百年も昔からそうしていたように、ひっそりかんと静まっている。

丘陵が割れて急に豊満な海が 紺碧 の色を眼前に広げた。

（川の水）川に下りて水を飲んだ。これまでに飲んだことのないような美味い水だった。手が赤らむほど冷たく、そして甘い。やわらかな土の匂いがした。

夕方の海は、いつもオレンジ色の鏡のように光っていた。

真っ白い砂と青と激しい波のコントラストが美しかった。

海を渡る風が起こした細波が、時折、鏡のような水面に皺を寄せては走り抜けて行く