人々を寄せつけないように整った死に顔

唇の色が青インキをつけたように、ハッキリ死んでいた。

熱に浮かされながら一歩一歩なんの心のわだかまりもなく死に近づいて行く貞世の顔が神々（こうごう）しいものにさえ見えた。

目を半分あいたまま死んでいる

開きかかった薔薇のような笑みが、唇の上に開きかかっている死に顔

女優のように美しい

長い人生の労苦に唯々うちひしがれて、今にも吹き散りそうな弱々しい顔

青白い薄い皮膚の細面の顔

はちきれそうな健康な顔つき

いくら闇に紛れても、眼鏡で顔を隠しても、黒い世界は終わって、また朝がくれば白い世界に私たちは引きずり出されてしまう。暗闇に紛れていた残酷な現実が、色鮮やかに光の下で晒されてしまう。

（娘の死体を見る）母親は自身とは急に遠くなった物でも見るような一種 悽惨 な 冷淡 さを顔に表わして見ていた。

（翻訳した者は自殺してしまう呪われた本）その英文を日本語の文字にするとき、黒い息吹が立ちのぼってくるのだ。その気分が頭を離れない。服を着たまま波にさらわれて、どうでもよくなって沖へ泳いでしまうような、その、濡れた体にはりついてくる衣服のような感触だった。《…略…》あのとき感じたものを景色にするなら、たとえば風に揺れる果てしない銀のすすきが原、それから、ただ青いサンゴの深海。そこですれ違う色とりどりの魚たちの、もはや生き物ではない静けさ。 　あんな世界が頭にあったら、長生きできるわけがない。

自殺を考える人の心理ってものは宙ブラリンなものなのでしょうね《…略…》死のうという決意がある反面、なんとか生き伸びたいという強烈な願望も同時に胸の中にあるんですね。

めんどうくさくて死にたいような気もしたし、面白いから続けたいような気もした。 　まんがで自分のなかの天使と悪魔がけんかする場面みたいに、その欲望は全く半々で引っ張り合い、私をこの大地の重力に縛りつけるのだ。

死が間近に迫っているかもしれぬということは 理窟 ではわかっていたが、ふしぎに感情がそれに伴わなかった。 　いや、死はやはり間近に迫っていた。（牢番の）鼾いびきがやむと、 凄まじい夜の静寂が司祭の周りを囲んだ。夜の静寂とはかすかな物音もたたぬということではなかった。闇が木立をかすめる風のように、死の 怖 ろしさを突然、司祭の心に運んできた。両手を握りしめて彼はあ、あっと大声で叫ぶ。すると怖ろしさは引潮のように去っていく。それからまた押し寄せる。