歩いてくる佳乃の姿が見えたのはそのときだった。《…略…》数十メートルごとに並ぶ街灯の下で、佳乃の姿がはっきりと浮かび、また消えて、また次の街灯の下で浮かぶ。

水銀灯が庭の木立と芝生を青く照らしている。何か深い水底を思わせる色だった。

（電球）ホオズキのような明かりが灯っている

自分の影を両側の街燈が次には交互にそれを映し出した。後ろから起って来て前へ廻り、伸びて行って家の戸へ頭がひょっくり擡（もちあが）ったりする。慌（あわただ）しい影の変化を追っているうちに自分の眼はそのなかでもちっとも変化しない影を一つ見つけた。極く丈の詰った影で、街燈が間遠になると鮮（あざや）かさを増し、片方が幅を利かし出すとひそまってしまう。「月の影だな」と自分は思った。見上げると十六日十七日と思える月が真上を少し外れたところにかかっていた。自分は何ということなしにその影だけが親しいものに思えた。

木立の中のオレンジ色の灯りが、人の吐く息の湿り気がゆらめき上がっているようににじむ

扉の先に光はなく、密度のある暗がりが重なり合うようにさらに奥へ続いていく。

顔の白ささえうかがうことのできない 漆黒 の中

影が病んでいるように不気味に黒く揺れる

光が樹木に遮られて壁に作る黒ずんだ意匠

紐を引っ張り、蛍光灯を全部消した。

夜になると、灯が簪（かんざし）のようにキラキラして綺麗であった。

押しボタン式の信号機

ドブ川が汚らしい臭いを発する

ゥウウウウウゥゥゥゥ……………！ 　町中のスピーカーから、耳をつんざく暴力的な音量でそれは響く。巨人の悲鳴のようなその不吉な音は、山々に反響してぐるぐると町を取り囲んでいく。

煙るような雨の中で、ネオン管がジイジイと鳴いていた。