（つらい思い出話の途中で）言葉にはしきれない細部をひとりで思い巡らすように、いったん黙って唇を噛む。

古い滓（おり）が水面へ浮んで来たように思い出されて来た。

回想する度に、雑然と小山になったトランプの中から目当ての一枚を手探りするように、思い出そうとするまさにその光景だけでなく、その周辺的な断片ともしばらく戯れることになった。

「イノウエ殿。聞かれたことがおありかな。御奉行さまだ。いずれ、パードレ殿もこのお方に 直々 のお調べを受けられよう」 　イ・ノ・ウ・エという言葉だけが、通辞のポルトガル語の中でまるで生きて動いているように司祭の耳に聞え、彼は体を一瞬、震わせた。

私は何もかもを思い出し、出生からの二十八年間、若林朔美としてのあらゆるエピソードや、家族構成、好きな食べ物、嫌いな事がら、私が私であるためのそういった要素を、まるで物語のように回想できる

君は妙に力強い印象を私に残して、私から姿を消してしまったのだ。

うっかり忘れる

記憶は深い霧の中にある

口惜しい想い、嫉妬の記憶が、裾野に霞のかかった春の山の風景さながらに回想される

自分が描いた画を褒められると、その言葉が耳の中で溶ける。《…略…》褒めてくれた桜（人名）の声だけが、ミルクティーの中に落とした角砂糖のように溶けて耳の中に沈殿している。