かすかなかすかな声が遠くの遠くから聞えました。

風に乗った祭りばやしが、かすかに切れぎれに耳に届きはじめる。

港の方から遠く尾を引く汽笛が聞こえた。

空の方からはいろいろな楽器の音がさまざまのいろの光のこなと一所（いっしょ）に微（かす）かに降ってくるのでした。

遠くの遊郭のほうから、朝寝のできる人たちが寄り集まっているらしい酔狂のさざめきだけがとぎれとぎれに風に送られて伝わって来る。

声をかき消すほどの雨音の激しさ

（ぶきみな家庭教師がやってくる）今まで聴いたことのない重々しい軋みが、廊下を近付いてきた。

部屋は一種不可解な沈黙に覆われていた。広い屋敷に入ると時折これに似た沈黙に出会うことがある。広さに比べてそこに含まれる人間の数が少なすぎることから生ずる沈黙だ。しかしこの部屋を支配している沈黙の質はそれともまた違っていた。沈黙はいやに重く、どことなく押しつけがましかった。僕は昔そのような沈黙をどこかで経験した覚えがあった。《…略…》不治の病人をとりまく沈黙だった。避けがたい死の予感をはらんだ沈黙だ。空気がどことなくほこりっぽく、意味ありげだった。

庭下駄（にわげた）に踏まれた落ち葉はかわいた音をたてて微塵（みじん）に押しひしゃがれた。豊満のさびしさというようなものが空気の中にしんみりと漂っていた。

それを音と言い切ってしまっていいのかどうか、わたしには自信がない。もしかしたら、震動、流れ、疼き、といった言葉の方がぴったりしているのかもしれない。