長い長い時間の間に経験して来たいろいろの出来事を、ほんの一瞬間に走馬燈のように見ることが多かった。

意識に織り込まれているものが次々と思い泛（うか）べられて来た。

こんな事をふと思ったのもしかし束（つか）の間（ま）で、その追憶は心の戸をたたいたと思うとはかなくもどこかに消えてしまった。

脳裏に、あのときのシーンが明滅する

思い出が頭のなかを走り、語りつくせないほどかけめぐる。

その言葉は、はっきりと葉子の心に焼きついていた。

「あんたのお父さん、腕のええ船頭やったそうやなあ」 　喜一は黙っていた。父親のことは記憶にないようだった。

ぱたん、ぱたん、と頭の戸が次々に開く。不用意に記憶を辿っていくとまずいぞ、と気づいた時には、すでに、開くべきではない戸も開いている。出てくるのは、「助けて」と縋るような目で懇願してくる少年の顔だ。

昔のことを編むための美しい糸をたぐりよせるような遠い瞳

思い出が、影絵のように加野の瞼に浮んだ。