（気配がない）暗殺者のような身のこなし

ドアの鍵穴に鍵が差し込まれる音がする。

（人が家から出ていく気配）玄関の金属製のドアが開いて、いっとき外のざわめきが届き、それからそのドアがそっと閉じられる音がする。

音もなく台所に入ってきたのを背中で感じて、私はソファー越しに振り向いた。

がさがさと音がして、向こうから何かがやって来る気配がした。目を開けると繁みが揺れていた。

白樺のように、山の匂いの高い、澄んだ渓流のように作為のない、自然人であった。

（黒人）影絵のような

（人と接することが苦手な女の居留守）突然ドアチャイムが鳴る。瞬間、目の奥で何かがパリンと割れる気がする。まぶたを強く閉じてそのまま動かずにいる。強姦される女みたいに。神経をドアの外の気配に集中する。もう一度音が鳴り響く。コンクリートの上で苛々と足を踏みかえるような微かな音。それでもじっと息をひそめていると、やがて通路を歩き去るゴム底の靴音がして、隣のチャイムが同じように鳴らされる遠い音が聞こえる。とめていた息が漏れる。たぶん戸別訪問のセールスマンか何かだ。

熱海湾に面した沿道は白昼の激しい陽射しの名残りを夜気で溶かし、浴衣姿の男女や家族連れの草履に踏ませながら賑わっている。

自分の面（つら）あ今戸焼（いまどやき）の狸（たぬき）見たような癖に

ホコリ臭い

あたりの空気が静かに乾いたように明るい

班内は全く陰うつで残忍な洞窟のようなところとなった。

自分以外の人間と二人きりで、区切られた空間に長い時間閉じ篭もっているのに、どうしてこんなにも安らかに無口でいられるのか少し不思議だった。お互いの息遣いや鼓動やそんな身体から出る波長がぴったり重なり合っているようで、余計なことを何も考える必要がなかった。

空気が 葛湯くずゆ のように重たくなってくる。 　こういう時は、何かしゃべった方がいい。