灰白色の空を背に、音もなく一定のテンポで続く雪の落下が、やがて蒔野の時間感覚を乗っ取っていった。

月の光の具合からするとたぶん（夜中の）二時か三時だろう

（八時）柱時計がゆっくりと八回、時を告げる頃

時刻は昼らしく、天井の明かり取りからまっすぐ日が差し込んでくる

時計が目に入る。

何度か二人とも時計を確認して、遅い時間になりつつあることに気づいていた。

彼はもう一度、カフスをめくった。

彼の誕生日が三月十一日なのだ。 　思う男の誕生日が三月十一日で、時計の文字盤がたまたま〝３・１１〟を示したところで、それ自体は取るにも足りないことだろう。時計は一日にきまって二度はそういう数字を並べる仕組みになっている。 　そうとわかっていても、その〝３・１１〟という数字が不思議な暗号のように昭子の眼に染み込んでくる。

弁天堂の梵鐘（ぼんしょう）が六時を撞（つ）く

十時の鐘は少し冴（さ）え返って聞えた。

隼（はやぶさ）のような早い飛行機

消えかかる過去は、夢同様に価の乏しい幻影に過ぎない

そこでは時間がおだやかな風のように流れていた。

風のように飛んで帰ってきました。

鼠（人名）にとっての時の流れは、まるでどこかでプツンと断ち切られてしまったように見える。《…略…》切り口をみつけることさえできない。死んだロープを手にしたまま彼は薄い秋の闇の中を彷徨った。草地を横切り、川を越え、幾つかの扉を押した。しかし死んだロープは彼を何処にも導かなかった。羽をもがれた冬の蠅のように、海を前にした河の流れのように鼠は無力であり、孤独であった。何処かで悪い風が吹き始め、それまで鼠をすっぽりと取り囲んでいた親密な空気を地球の裏側にまで吹きとばしてしまったようにも感じられる。

弁天堂の梵鐘（ぼんしょう）が六時を撞（つ）く

長く引き延ばされた夕暮れのような一日だった。めりはりというものがない。窓の外の灰色に少しずつ黒が混じっていって、やがて夜になった。陰鬱さの質が少し変わっただけだった。世界には二色しか色が存在しなかった。灰色と黒。それが一定時間をおいて行ったり来たりしているだけなのだ。

疲れきった人のように頭をうなだれて歩く

頭の芯まで醒めきって、眠りの気配はかけらも訪れない。

もう眠っていいかな？　ぼくはほんとうに疲れているんだ。こうして受話器を手にもっていても、崩れかけた石垣を一人で支えているような気分なんだ