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彼は空も見なかった。道も見なかった。月はなおさら目にはいらなかった。ただ見たのは、限りない夜である。夜に似た愛憎の深みである。
芥川龍之介 / 偸盗 ページ位置:84% 作品を確認(青空文庫)
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愛憎
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......のことばの前には、いっさいの分別が眼底を払って、消えてしまう。弟か沙金しゃきんかの、選択をしいられたわけではない。直下じきげにこのことばが電光のごとく彼の心を打ったのである。彼は空も見なかった。道も見なかった。月はなおさら目にはいらなかった。ただ見たのは、限りない夜である。夜に似た愛憎の深みである。太郎は、狂気のごとく、弟の名を口外に投げると、身をのけざまに翻して、片手の手綱たづなを、ぐいと引いた。見る見る、馬のかしらが、向きを変える。と、また雪のようなあわが、栗毛くりげの......
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