あたりには人影もなく、鳥一羽、蝿一匹見当たらぬ。こんなところで波はいったいだれのために吠えたけっているのか、だれがその声を夜毎にきくのか、波は何を求めているのか、さらにまた、私の去ったあと、波はだれのために吠えつづけるのだろうか――《…略…》この海岸に立つと、思想ではなく、もの思いのとりこになる。そら恐ろしい、が同時に、限りなくここに立ちつくし、波の単調な動きを眺め、すさまじい吠え声をきいていたい気もしてくる。

海はいつも予想の二〇％ くらい大きいから。そうとうの大きさを予測して見に行くと、更にその二〇％ 大きい。もっと大きいと思って行っても、そのかくごの二〇％ 大きい。一面の波で心をいっぱいにしていっても、小さなビーチを想像していっても、やっぱり二〇％。 　こういうのを無限っていうのか。《…略…》波音は人をすこし不安にする。常に二〇％ 広い風景を前にしていると、心もとない。 　そのことは私をおかしな中庸に導いた。 　空と海が交わるあの奇跡の直線にシンクロして、どこまでも平らになってしまったというか。 　何とも静かでクリアーだった。

波の響き交わしが、潮のように押し寄せる軍勢に囲まれた城の光景を思い起こさせる

足もとから忍び寄る潮騒に耳を傾ける

その浪音は、私の耳に、手放しに泣き叫んでいるようにも、また手放しに哄笑しているようにも、かわるがわるに聞えてくるのです。

ピカピカに光る大きなシンバルが揺れる

声が空しく海風に吹きさらわれる

ソニック・ブームのような激しい音がびりびりと空気を震わせた

静寂と寒気が身をつつみ、時間も空気も凝結したよう

白痴の子がだらしなく泣き続ける声と、叔父（おじ）が叔母を呼び立てる声とが、すがすがしい朝の空気を濁すように聞こえて来た。

池は夕日に照らされ、銹（さ）びた古代の銅鏡のような鏡面に、金閣の影をまっすぐに落していた。

海水が東へ東へと落ちつきなく 苛波 を立て立て流れている

何十隻という漁船や荷船が所々にもやっている。そしてその赤黄色い灯の美しく水に映るのが、いかにも 賑やかで、何となく東京の真夜中の町を想わせた。

風が水面に細かいさざ波を走らせる

（夜に船が）舳へさき の赤と緑の灯り、甲板の黄色く見える電燈、それらを美しい繩でも振るように水に映しながら進んで来る。