心の上澄 みは妙におどおどとあわてている割合に、心の底は不思議に気味悪く落ちついていた。それは君自身にすら物すごいほどだった。空といい、海といい、船といい、君の思案といい、一つとして目あてなく動揺しないものはない中に、君の心の底だけが悪落ち付きに落ち付いて、「死にはしないぞ」とちゃんときめ込んでいるのがかえって薄気味悪かった。それは「死ぬのがいやだ」「生きていたい」「生きる余席の有る限りはどうあっても生きなければならぬ」「死にはしないぞ」という本能の論理的結論であったのだ。この恐ろしい盲目な生の事実が、そしてその結論だけが、目を見すえたように、君の心の底に落ち付き払っていたのだった。
有島武郎 / 生まれいずる悩み ページ位置:44% 作品を確認(青空文庫)
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瀕死・虫の息
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前後の文章を含んだ引用
......着込んだ厚衣 の芯 まで水が透って鉄のように重いのにもかかわらず、一心不乱に動かす手足と同じほどの忙 しさで、目と鼻ぐらいの近さに押し迫った死からのがれ出る道を考えた。心の上澄 みは妙におどおどとあわてている割合に、心の底は不思議に気味悪く落ちついていた。それは君自身にすら物すごいほどだった。空といい、海といい、船といい、君の思案といい、一つとして目あてなく動揺しないものはない中に、君の心の底だけが悪落ち付きに落ち付いて、「死にはしないぞ」とちゃんときめ込んでいるのがかえって薄気味悪かった。それは「死ぬのがいやだ」「生きていたい」「生きる余席の有る限りはどうあっても生きなければならぬ」「死にはしないぞ」という本能の論理的結論であったのだ。この恐ろしい盲目な生の事実が、そしてその結論だけが、目を見すえたように、君の心の底に落ち付き払っていたのだった。 君はこの物すごい無気味な衝動に駆り立てられながら、水船なりにも顛覆した船を裏返す努力に力を尽くした。残る四人の心も君と変わりはないと見えて、険しい困苦と戦い......
単語の意味
妙(みょう)
オドオド(おどおど)
妙・・・とてもいい。非常に優れている。または、不思議、奇妙なこと(さま)。
オドオド・・・恐怖や不安で落ち着かないさま。
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すさまじい形相で空をつかみ、のたうちまわって死ぬ
真継 伸彦 / 鮫 amazon
「死ぬことを決めた人はね、半分心があっちの世界に行ってしまうの。だから、顔がないのよ。飛び降り自殺する直前の人なんて、のっぺらぼうに見えるんだよ。」
吉本ばなな / サンクチュアリ「うたかた/サンクチュアリ」に収録 amazon
魂の奥にもう一度純粋な生命が芽生えはじめるのを、ほのかに暖かい炎のように意識する
中村 真一郎 / 女たち amazon
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