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(喪失感をまぎらすためにジョギングを始めた私と亡くなった彼女のセーラー服を着て過ごす柊という男)彼のセーラー服は私のジョギングだ。全く同じ役割なのだ。私は彼ほど変わり者でないので、ジョギングで充分だっただけのことだと思う。彼はそのくらいでは全くインパクトに欠けて自分を支えるにはもの足りないのでバリエーションとしてセーラー服を選んだ。どちらもしぼんだ心にはりを持たせる手段にすぎない。気をまぎらわせて時間をかせいでいるのだ。 私も柊もこの二カ月で、今までしたことのない表情をするようになった。それは失ってしまったものを考えまいと戦う表情だった。ふっと思い出して突然に孤独が押してくる闇の中に立っていると知らず知らずのうちにそういう顔になってしまうのだ。
吉本 ばなな / ムーンライト・シャドウ「キッチン (角川文庫)」に収録 ページ位置:26% 作品を確認(amazon)
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喪失感(大切なものを失う)
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前後の文章を含んだ引用
......った。ガラスの向こうのフロアーでは楽しそうな買い物客がにぎわって通ってゆく。春の服が明るく照らされて並ぶ夕方のデパートはすべてが幸福そうだ。 今は、よくわかる。彼のセーラー服は私のジョギングだ。全く同じ役割なのだ。私は彼ほど変わり者でないので、ジョギングで充分だっただけのことだと思う。彼はそのくらいでは全くインパクトに欠けて自分を支えるにはもの足りないのでバリエーションとしてセーラー服を選んだ。どちらもしぼんだ心にはりを持たせる手段にすぎない。気をまぎらわせて時間をかせいでいるのだ。 私も柊もこの二カ月で、今までしたことのない表情をするようになった。それは失ってしまったものを考えまいと戦う表情だった。ふっと思い出して突然に孤独が押してくる闇の中に立っていると知らず知らずのうちにそういう顔になってしまうのだ。「夕食を外にするなら、家に電話するわ。ああ、柊は? 家で食べなくていいの?」 私が立とうとすると柊が、「ああ、そうだ。今日は父親が出張だったんだ。」 と言った。......
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人にはそれぞれ、あるとくべつな年代にしか手にすることのできないとくべつなものごとがある。それはささやかな炎のようなものだ。注意深く幸運な人はそれを大事に保ち、大きく育て、 松明 としてかざして生きていくことができる。でもひとたび失われてしまえば、その炎はもう永遠に取り戻せない。ぼくが失ったのはすみれだけではなかった。彼女といっしょに、ぼくはその貴重な炎までをも見失ってしまったのだ。
村上春樹「スプートニクの恋人 (講談社文庫)」に収録 amazon
友子が実は生きているのか、死んでいるのか目覚めてしばらくはさっぱりわからなかった。ひどいものだった。人前で一日せっかく普通の一日をふるまって取り戻しても、眠って目覚めたとたん暗い暗いふりだしに戻ってしまうのだ。
吉本ばなな / サンクチュアリ「うたかた/サンクチュアリ」に収録 amazon
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愛する人たちともいつまでもいっしょにいられるわけではないし、どんなすばらしいことも過ぎ去ってしまう。どんな深い悲しみも、時間がたつと同じようには悲しくない。
吉本 ばなな / そののちのこと(文庫版あとがき)「キッチン (角川文庫)」に収録 amazon
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有島武郎 / 或る女
言いようのない幻滅とけだるさとを戸田は感じた。昨日まで彼がこの瞬間に期待していたものは、もっと生々しい恐怖、心の痛み、烈しい自責だった。だが床を流れる水の音、パチ、パチと弾く電気メスの響き、それらは鈍く、単調で、妙に物憂い。それどころか、何時もの手術とはちがって患者のショック死や急激な脈や呼吸の変化を怖れるあの張りつめた緊迫感が今この手術室のどこにもなかった。
遠藤 周作「海と毒薬 (角川文庫)」に収録 amazon
今までは勝手に先に自分で死んだあの子に、嫌われたような裏切られたようなくやしい気持ちが、心のどこかにあった
吉本 ばなな「アムリタ(下) (新潮文庫)」に収録 amazon
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