水中は割合に明るかった。磨硝子色 に厚みを保って陽気でも陰気でもなかった。性を脱いでしまった現実の世界だった。黎明 といえば永遠な黎明、黄昏 といえば永遠に黄昏の世界だった。陸上の生活力を一度死に晒 し、実際の影響力 を鞣 してしまい、幻 に溶かしている世界だった。すべての色彩 と形が水中へ入れば一律に化生せしめられるように人間のモラルもここでは揮発性と操持性とを失った。いわば善悪が融着 してしまった世界である。ここでは旧套 の良心過敏 性にかかっている都会娘の小初の意地も悲哀 も執着 も性を抜かれ、代って魚介 鼈 が持つ素朴 不逞 の自由さが蘇 った。小初はしなやかな胴を水によじり巻きよじり巻き、飽 くまで軟柔 の感触 を楽んだ。
岡本かの子 / 渾沌未分 ページ位置:26% 作品を確認(青空文庫)
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水中・海底
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前後の文章を含んだ引用
......まま隅田川の水の深瀬 に沈み、そこで小初を放して独りで浮き上らせたり、とにかく、水というものから恐怖 を取り去り、親しみを持たせるため家伝を倍加して小初を躾けた。 水中は割合に明るかった。磨硝子色 に厚みを保って陽気でも陰気でもなかった。性を脱いでしまった現実の世界だった。黎明 といえば永遠な黎明、黄昏 といえば永遠に黄昏の世界だった。陸上の生活力を一度死に晒 し、実際の影響力 を鞣 してしまい、幻 に溶かしている世界だった。すべての色彩 と形が水中へ入れば一律に化生せしめられるように人間のモラルもここでは揮発性と操持性とを失った。いわば善悪が融着 してしまった世界である。ここでは旧套 の良心過敏 性にかかっている都会娘の小初の意地も悲哀 も執着 も性を抜かれ、代って魚介 鼈 が持つ素朴 不逞 の自由さが蘇 った。小初はしなやかな胴を水によじり巻きよじり巻き、飽 くまで軟柔 の感触 を楽んだ。 小初は掘 り下げた櫓台下の竪穴から浅瀬の泥底 へ水を掻き上げて行くと、岸の堀垣 の毀 れから崩 れ落ちた土が不規則なスロープになって水底へ影 をひくのが朦朧 と目に写って来......
単語の意味
素朴(そぼく)
悲哀(ひあい)
揮発(きはつ)
揮発性(きはつせい)
陰気(いんき)
黎明(れいめい)
黄昏(たそがれ)
陽気(ようき)
永遠(えいえん・とわ)
素朴・・・あまり手が加えられていない、自然に近い状態のこと。ありのままで飾り気がない状態のこと。素直で単純。
悲哀・・・悲しく哀れなこと。
揮発・・・常温で液体が気体になること。
揮発性・・・常温で液体が気体になる性質。
陰気・・・気分や天気などが、スッキリしない。明るくなく、ドンヨリしている。⇔陽気。
黎明・・・1.夜が終わり朝になる頃。夜明け。
2.新しく物事が始まろうとする頃。
2.新しく物事が始まろうとする頃。
黄昏・・・1.夕暮れ。夕闇。日が沈んで、月が出るまでの間の薄い暗闇。暗くなって顔の区別ができないので、「誰そ彼(たそかれ)」つまり「お前は誰か」と尋ねるのが由来。
2.ピークの状態を過ぎてだいぶ衰えたころ。
2.ピークの状態を過ぎてだいぶ衰えたころ。
陽気・・・1.天候。時候。
2.万物が動き、生まれ出ようとする気。陽の気。
2.万物が動き、生まれ出ようとする気。陽の気。
永遠・・・ある状態が果てしなく続くこと。物事が変化しないこと。無窮(むきゅう)。永久(えいきゅう)。
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